丘の上から通信

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2019年 08月 22日

幸田文『黒い裾』

古本を一冊買った。
読んだことがない短編集、幸田文著『黒い裾』。

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幸田文さんのご本を初めて読んだのは『流れる』だった。
昭和の邦画を浴びるように見ていた頃だったから、まず映画の『流れる』から入ったクチ。

独特の言い回しというのか、それまで自分が読み漁ってた時代小説とか
女流作家の小説とは言葉使いのリズムがどこか違っていて、
ちょいちょいつっかえながら読んでいたのだけど、そのうちに気がついた。
あ、テレビなどで拝見する青木玉さんが喋る時のリズムとどこか同じ・・・ね?
そう気付いてからは幸田文さんの作品も(沢山じゃないけど)
スイスイと読み進むことができるようになった。

『黒い裾』は、女主人公の半生にかかわる黒紋付の着物(喪服)のお話だけど、
幸田文さんの人生にもどこか共通していそうな黒紋付の在り方がなんだかすごい。
短編だけど、このまま一本のドラマにでも出来そうな感じ。

私の手元にも母親が誂えてくれた袷と絽の揃いはあって、
すでに冬場と夏場それぞれ両親の旅立ちに袖を通したから
この黒紋付の役目は終わったも同然と思ってるんだけど、
今の時代の黒紋付の着物とはまるで存在価値が違うなあと感じ入った一編。

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ところで、幸田文作品は昔っから装丁も良いものが多いけれど、
ことに目をひいたこの題字・・・美しい♡
どなたの手跡かしら?と表紙をめくったところにクレジットが記されていた。

題字 熊谷恒子

・・・さすが。

まだ伺ったことがないのだけど、いつか訪れたいと思っている熊谷恒子記念館では
いま「かなの美展『墨の濃淡 書のたしなみ』」が開催中とのこと。
秋になったら、書道友だちを誘って観に行こうかと思っている。

大田区立熊谷恒子記念館


by team-osubachi2 | 2019-08-22 08:36 | 読む | Comments(4)
2019年 06月 08日

ときには雑誌も読みたい

世の中の動きに関心があって、興味も尽きない。
オシャレ情報にもゆる〜くアンテナは張ってるつもり。
なんだけど、新聞をとらなくなって何年たったかしら?
雑誌も以前ほど買わなくなってしまって。。。

だものだから、こんな風に自分がほんのちょこっとだけでも
取材協力(麻着物のページで)して、その見本が届くと嬉しかったりする♪

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盛夏の木綿、麻、紬など、夏の着物の種類それぞれに
ご愛用の方々の着こなしを紹介されている夏号が発売中。

ページをめくるたびに、もう夏なんだなあ、いつのまにか・・・と
季節の変わる早さに対応してるつもりでも、
どこかで気持ちが追いついてないという感じもする。

『七緒』/プレジデント社

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ちょっと間があいて、美容院へ髪を切りに行った日のこと。
美容師の先生が「普段はこの手のは買わないんだけど、
今月号はこの表紙がいいなと思って。なんか綺麗じゃない?」と言って、
鏡の前においてくれたうちの一冊は婦人画報7月号だった。

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「あ!これ、買って帰ろうと思ってたんですよ。
友だちが、かの上野千鶴子さんにインタビューした記事が載ってるの。
よかったら後で読んでみてください」と先生に伝えて、
髪を切ってもらってる間、サクッとだけ目を通しておいた。

ライターの西端真矢さんが書いた渾身のインタビュー記事。
ファッションやリッチな食、旅だけじゃない、
こういう特集を組むとは、婦人画報さんの意欲を感じる。

何冊も買わなくなったからこそかもしれないけど、
たまにはゆっくり雑誌を読むのもいいなって思う。

『婦人画報』/ハースト婦人画報社


by team-osubachi2 | 2019-06-08 10:44 | 読む | Comments(4)
2019年 06月 07日

沢木耕太郎著『貧乏だけど贅沢』

昨日の午前中、所用で都心に出て、そのあと我ら広告出版クリエイター等の業界には
欠くべからざる“紙”を扱う神田錦町の「竹尾」さんで開催していた
『装丁万華鏡』展(本日7日終了/http://www.takeo.co.jp/竹尾)を見た。
ああ、いいなあ、装丁家さんが本をデザインする時、
どういう紙を選ぶかもとても面白い作業に違いない。

私も紡がれた言葉の世界で仕事がしたいわ。もっと、もっと、たくさん!

そんなことを考えながら、ブラブラと近くの駅まで帰ろうとした途中に、
新しめのビルディングの広場にとても広々と気持ちのよい小川(正確には小水路だけど)と
草木の植え込みがあって、緑の空間のそこここに腰掛けられるベンチがある。
そして、なんと小野リサさんの音楽が茂みから聴こえてくるではないか?!

すでに午後1時をとうにまわって、ランチタイムとしては遅い時間でベンチは空いている。
ビルの1階にコンビニがあるのを見て、そういえばお昼は帰宅してから食べるつもりだったけど、
コンビニとこの気持ちのいい広場を利用しない手はないと気がついた。

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サンドイッチに、カロリー系スイーツに、市販のカフェオレで合計500円ちょっと。
お供には読みかけの本を一冊♡

昨日は気温30度超えの暑さだったけれど、ビルと植え込みの明るい木陰にはそよ風が吹いて
自分でも思ってた以上に心地よい、ある意味贅沢なランチタイムを楽しんだ♪

今読んでいる本は沢木耕太郎さんの『貧乏だけど贅沢』。

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読書好きのお友だちから送られてきたご本の中で、このタイトルを見てグッときた。
90年代のインタビュー集・・・面白い。

が、本の内容よりも、このタイトルが私には燦然と輝いて見える。w

この歳で、なおも絵を描いていられるという今の自分の心の中に
ピンで留めておきたい言葉だ。・・・貧乏だけど贅沢。今の私はまさにそんな気持ち。


by team-osubachi2 | 2019-06-07 12:41 | 読む | Comments(0)
2018年 12月 17日

オオカミ信仰と浅田次郎著『神坐す山の物語』

山歩きの先達に誘われて、四月末はじめて奥多摩の御岳山を歩いた。
(過去ログ:https://okakara.exblog.jp/29758115/

御岳山の名前は知っていても行ったのは全くはじめて。
季節も良かったせいか、すこぶる気持ちの良いところだったし、宿坊がいっぱいあることもはじめて知って
いつか泊まってまた山歩きするのもいいなあ〜なんて思ってみたり。

その日記を見ていただいてか、その後着物友だちから一冊の本が送られてきた。
浅田次郎さんの『神坐す山の物語』。
御岳山(御嶽山)にある武蔵御嶽神社。その神官の家が母方の実家である少年(私)が
宿坊を訪れるたびに見聞きするいくつもの不思議な物語の数々。

ここ何年もの間読書から遠ざかっていたけれど、ようやくローガンてものに慣れてきたこともあるのか
秋になってようやく読書したい気持ちになって、この本を手に取った。
ページを開いて読み始めたら、すぐに物語の中に引き込まれた。
へええ〜、知らなかったなあ、作家の浅田次郎さんがこの武蔵御嶽神社の御師の家のご出身だなんて。

巻末のインタビューで、物語のほとんど全部は本当にあったことで、
浅田少年が叔母の語りで聞いてきたことなんだそうだけど、
摩訶不思議な世界だとはいっても、読んでいてまったく怖い気がしないお話ばかりだった。

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先月のことになるのだけど、浅田さんの本を読み終えて、酉の市が始まり、
ふと、デザイナー時代に事務所との行き来に通っていた宮益坂にも小さな神社があって、
酉の市の日には何度か立ち寄っていたことを思い出したので、
調べて見たら、ここもなんと御嶽神社であるという事をはじめて知った。


そこへ友だちが「オオカミの映画、行けます?」と連絡があり、
川崎市の某所で開かれた『オオカミの護符』というドキュメンタリー映画の上映会があるというので
友だちと一緒に観に行ったのだけど、映画を製作した小倉美恵子さんも会場にいらして、
十年ほど前のこの映画の制作話を聞かせてもらったりした。

小倉美恵子 著『オオカミの護符』新潮社刊https://www.shinchosha.co.jp/book/126291/

「大口真神」として祀られているのはオオカミであることも今回はじめて知った。
でもって、ようやくオオカミ信仰がなぜあるのか、
ことにお百姓さん方の信仰がなぜ厚いのかってコトにようやく気が付いた。
ああ、農作物への猪鹿被害から守ってくれるんだ・・・!

昔は時期になると飼っていた地犬のメスを山の木につないておいて
オオカミと交配させ、生まれた仔犬の中から、人に従順で、
かつ、猪に立ち向かう個体を猟犬として育てていたというお話も聞いた。

ご先祖さまが昔から土地に根ざして生きてきたお百姓さんらと、
分譲地になって新しく住み暮らすようになった現代の移住者らとの
目には見えない隔たりというのか(交わらなさとでも言おうか)のことなども考えさせられて、
なかなか興味深くてとても面白い上映会だった。

まあ、そんなこんなで御岳山に登ったことがキッカケに、ことさら求めた訳でもないのに
にわかにオオカミ信仰に触れて知ることが多い一年だった。







by team-osubachi2 | 2018-12-17 21:17 | 読む | Comments(2)
2018年 11月 24日

田中敦子さんの note から『父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと』

この間ちいさな内輪の会で、久しぶりにライターの田中敦子さんとゆっくりお会いした。
伝統工芸の世界に精通していらして、もちろん着物好きでもある敦子さん。

この日は、元はお舅さんのであったというお対の久留米絣をお直しした着物に、
田中昭夫御大の藍染の帯という出で立ちでいらした♪
(もちろん、敦子さんはあの「田中ガールズ」のメンバーでいらっしゃる)
小物の色あわせに敦子さんらしい好みと、大人の女性のスマートさが感じられてとても素敵♡

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その敦子さんが、いま「note」上で、お父さまのことを少しずつ綴っていらして、
読んでいると、どことなく戦前の東京の下町の暮らしぶりが伝わってくるようでとても面白い。

そして、それがまたどことなく、下町育ちのうちの舅どのや、
子供時代に東京にいたといううちの親父さんの思い出話とも
どこか共通した匂いがしてくるように思えて、毎回新着のお話だけでなく、
少し戻ったりもしながらゆっくりと読んでいる。

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尾崎一雄さんという作家さんのことは、「とんぼの本」シリーズで
田沼武能さんの『文士の肖像』という写真集で見て、お顔しか知らなかったのだけど、
(尾崎士郎さん同様にどちらも読んだことがないという・・・)
その尾崎一雄さんと、敦子さんのお父さまとの、不思議で、
とても深くて強い繋がりが綴られていて、他所さまのことながら、いつも興味深く読めるのは、
下町育ちの相方の両親や、子供時代を東京で過ごしたうちの親父さんなども含め、
あの戦争をくぐり抜けてきた人それぞれに、いろんな出来事を経験してきているんだな〜
・・・ということにまで想いがいくからかもしれない。

日をおいてちょっとずつ更新されてゆくお話は、いま14回目。
個人的に、人生に「たられば」はないと思ってはいるけれど、
「もしもあのとき、もしもこうでなかったら・・・」
いま自分がこうしてこの世にいたかはわからない。
そういう出会いや出来事って、やっぱりあるよねって思う。

田中敦子『父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと』/note.mu

お話はこれからも続きます。
ご興味がある方は、ぜひお読みになってみてください。


by team-osubachi2 | 2018-11-24 17:07 | 読む | Comments(3)
2017年 04月 27日

青木奈緒 著『きものめぐり 誰が袖わが袖』

昨日、着付師をしている友だちから一冊の本をもらった。
あ!これ、近いうちに買おうと思ってた本なんだよ。わあ〜、ありがとう!

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淡交社さんの『なごみ』で連載していた青木奈緒さんの紀行エッセイが一冊にまとまったもので、
目次をざっと見ただけでも、藤山千春さん、竺仙さん、冨田潤さん、
小岩井カリナさん、臼井織布さん、大西實さん、西川はるえさん、藤井礼子さん、
野原俊雄さんなどなど、着物好きにはよく知られた方々のお名前が並ぶ。

スタッフの一員として関わった友だちのこぼれ話の中で
ことに興味を持ったのが手織物流通士の山田標件さんのこと。
まずはこの山田さんの章から読んでみようかな ♪

「これから先 きものはどうなるのだろう?」と帯紙にもあるように
青木奈緒さんの視点を通して、自分も着物の今とこれからのことを少し考えてみたいな。
何が出来るというワケでもないけれど・・・。


『誰が袖わが袖』青木奈緒/淡交社


by team-osubachi2 | 2017-04-27 10:20 | 読む | Comments(2)
2017年 01月 05日

『沈黙』という小説と映画

ふとしたキッカケで、ワケもわからずある物事に引き寄せられるということがある。

去年たまたまテレビで見ていた旅ものだったか歴史紀行ものみたいな番組の中で、
ポルトガルの、あれはポルトの街中でのインタビューで、
日本で知ってることは何かありますか?といったような質問をされたのだろうか
ポルトガル人のとあるおじさんが
「遠藤周作の『沈黙』を読んだことがある。とても面白かった」と言っていた。

と、そのひと言で、突然自分の中でちいさな種火が起きたみたいに
「遠藤周作の『沈黙』って何?」ということになったのだった。

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狐狸庵先生・・・遠藤周作。
文学に疎い私はそのご高名は知っていても作品は知らない。
一度だけ『海と毒薬』だけは読んだ筈で、奥田瑛二さん主演の映画も見た筈だのに、
いやもう、まったくと言っていいほど記憶がない。

『沈黙』・・・読んでみようかな?と、古本で一冊手に入れたところで
これまた偶然テレビで『ルーアンの丘から』という
遠藤周作さんが戦後まもなく渡仏留学した青春時代についてのドキュメンタリーを見た。
知らないことばかりだったが、へえ〜なんだか面白いぞ、遠藤周作という人は、と思った。

(余談ながら、子供のころ、ある本で読んだ部分に、狐狸庵先生、
あるときかのD・スカルノ夫人にむかって
「あなたはおならをしますか?」という不躾な質問をぶつけたら、
D夫人は「あら、わたくし、おならいたしますわ」と平然と答えたという
珍妙なエピソードだけ妙に覚えていたりする)

・・・と、そんなことを思ううち、今度はその『沈黙』を
かのマーティン・スコセッシ監督が映画化しているという情報を目にした。

なぜだかわからないけど、これはもう『沈黙』を読めっていうことなのだろうと思い、
映画の公開までに間に合うよう、去年の暮れからちびちびと読み進めている。

去年の暮れに映画予告をFacebookでシェアしたところ、
『沈黙』を若い頃に読んだという人たちから、この作品の内容の重さに
少々トラウマにもなってしまったというコメントをいただいたりして、
うっかり自分の妄想でキリシタンが受けた拷問に読む前からたじろぎそうになった。
けれども、文学者と監督の人間を見る眼差しはもっともっと深そうだ。

そして、たたみかけるようにこの正月2日、
映画公開に先だってのドキュメンタリー番組が放送されたので見てみた。
見終えて、ふと、もしも私が若いときに読んだなら、この作品の奥深い世界へたどり着く前に
残酷な痛みや苦しみにばかり目がいってしまったかもしれない・・・と、そんな気がした。

まだ途中までしか読んでいないのでなんとも言えないが、
小説を読み、映画を見て、遠藤周作先生とマーティン・スコセッシ監督描くところの
“人間像”を見てみたくなったのかもしれない。
今が自分にとってこの作品と出会う「時期」ってことなのかもしれないなあとも思う。
若いときには縁がなくて正解だったということか。
映画の公開は今月21(土)からだそうである。



『沈黙ーサイレンスー』HP

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この週末にドキュメンタリーの再放送があるので、ご興味のある方はご覧ください。
(*ただし内容には「これってネタバレね?」というところもあるのですけど)

BS1スペシャル「巨匠スコセッシ“沈黙”に挑む〜よみがえる遠藤周作の世界〜」/NHK BS1
*1月7日(土)午後7時より再放送(110分)


by team-osubachi2 | 2017-01-05 17:59 | 読む | Comments(8)
2016年 08月 24日

BRUTAUS「こんにちは、星野道夫。」

昨日スーパーの買出しの帰りにコンビニに寄り、
本棚の雑誌をつらつら見ていたら、引き寄せられるようにBRUTUSに目がいった。
棚から取り出してみたら、シロクマの眠る顔があらわれた。

「こんにちは、星野道夫。」

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当時、雑誌などで見てもとくに好きと思ったことはなかったけれど、
訃報のニュースには少なからず衝撃を受けた。

亡くなられた当時よりも、いま見る方がひたひたと心に沁みてくるカンジ。
歳かなあ・・・いい意味でね。w

あれからもう20年ですか・・・。行ってみようかな、写真展へ。

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没後20年特別展「星野道夫の旅」/9月5日(月)まで松屋銀座にて開催中


by team-osubachi2 | 2016-08-24 09:33 | 読む | Comments(2)
2010年 03月 28日

ことば

このごろまた着物がらみの本を読みあさっている。
とあるエッセイで、はじめて森田たまさんのことを知り、
さっそく本を数冊取り寄せてみた。・・・うん、面白い。好きかも!
読んでみると、たまさんの目線はお腹の底につながっていて、
ことばはそのお腹の中から出てきてるような感じがする。
こういうことばって、やっぱり作者が肌で経験したところから
自然と生まれるものなんだろうなあ。

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30代の半ばまで、読むものといえば時代小説ばかり、
それも気に入ったものはとことん繰り返して読んでいたせいで、
すごく限られた古くて狭い世界しか知らなかった。
そのせいか、思いがけない死語がしょっちゅう口をついて出てきて
よくコピーライター友だちから突っ込まれたりしていた。

歳を重ねるにつれ、人と話をしていて、
たとえば、その人が身に沁みて辛かったことなんかを、
人はその人自身のことばでちゃんと話しているんだなあと感じるようになった。
子供のときから想像過多で国語が大の苦手だった私は、
いつのまにかこんな年齢になっちゃってるけど、
ちゃんと自分のことばで話ができているのかな。

経験から生まれることばはつよいし、しっかりしている。
森田たまさんの随筆に、そんなところを気付かせてもらっている。

by team-osubachi2 | 2010-03-28 22:54 | 読む | Comments(0)