丘の上から通信

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カテゴリ:旅をする( 56 )


2012年 02月 19日

晴れた朝

ゆうべはほとんど寝落ち状態。
一夜あけて、ここは四条烏丸の角にあるビジネスホテル。
窓を開ければ、目の前はビルの外壁。
横をむけば、四条通りのアーケードの屋根。
お天気は?いまのところ晴天。
底冷えの京都は今朝の気温もマイナスだったようだ。

真冬の寒さで観光客が少ないとはいえ、
ひと月前に予約を入れても、
さすがに週末の日本旅館の部屋はすでに埋まっていたので、
この晩はビジネスホテルをとった。

落差が激しい・・・!!
が、そこがまた面白いんであ~る。
でも、ここはなんといっても地の利がいい。
場所優先である。

さて、昨日の優雅な朝食から一転して
今朝の無味乾燥なモーニングを食べたあとは、まず金閣寺へ行く予定。
昨日はあちらこちらで雪の金閣さんが話題だったが
朝日に照らされて輝く雪溶けの金閣さんもまたよろしからずや。

by team-osubachi2 | 2012-02-19 09:40 | 旅をする | Comments(2)
2012年 02月 18日

雪の朝

寒い京都。
一夜明けて、寝室の襖をあけると、
ごくごく小さな坪庭に雪。
二階の縁側のカーテンをあけると、祇園白川も一面の雪・・・。

やった!
狙ったワケではないけれど、
あるといいなあ~と思ったのは
この雪のふっくらと積もる京の街景色。

雪見障子越しに景色を愉しみながら
だし巻き玉子の朝ごはんをいただく。

さて、今日はまず銀閣寺へ行こう。
雪の銀閣へ。

by team-osubachi2 | 2012-02-18 07:27 | 旅をする | Comments(4)
2011年 12月 26日

ペトラのエルカズネ

先週末のイブの夜、テレビで
映画インディアナ・ジョーンズ・シリーズの第三弾を放送していた。
雑用を片付けながら、あるシーンの間だけテレビに見入った。
あ〜、ここここ!ここ行ったんだよなあ〜!

中東ヨルダンの沙漠の一角に、
古代ナバテア人が開いた都の跡であるというペトラ遺跡 (世界遺産) がある。
朝、巨大な岩盤を走る大きな裂け目をしばらく行くと、
険しく切り立ったその暗い裂け目の向こう側に、
突然明るくバラ色に輝く神殿が現れる・・・。
それが、このインディアナ・ジョーンズの映画にも登場した
神殿『エルカズネ』だった。

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今思い出しても、そのドラマティックな登場の仕方に鳥肌がたつ。
それくらい、ここは感動的な場所だ。

アルバムの日付を見ると2004年3月9日とある。
この時期、中東はいっとき穏やかな状態が続いていて
卒業旅行と思われる大学生なども観光地で見かけたりした。
けれども、これよりほんの数年で、
この時にまわったシリアやレバノンはまた渡航が難しくなってしまった。

でも、いつの日かまた、観光客らが安心して
旅行ができる時期がきっと来るだろう。
ときおりイスラム文化圏のニュースをチェックしながら、
そういう安定した時期が訪れるのを
祈りながら待つしかないなあ・・・と思うのである。

by team-osubachi2 | 2011-12-26 00:51 | 旅をする | Comments(4)
2010年 12月 22日

建てもの観賞三昧

熊本の旅の二日目に(熊本城を見たあと)旧細川刑部邸と、
三日目に小泉八雲旧居という、二つの建物を見てまわった。

私は自分が建具職人のムスメであるせいかどうかわからないが
古い建物を訪れると、建具などを中心に、
内装やおおよその構造を見るのも私の楽しみの一つだ。

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こちら旧細川刑部邸は、三代目細川藩主の弟君の
もとはお茶屋だったのが、だんだんに手を加えられて下屋敷になり、
時代が下って明治に入ってから本邸になったというお屋敷だそうだ。

団体客がやってくるような場所ではないのか、
熊本城の内では、訪れる人も少ないのだろう、
ことに師走という季節もあってか、門のあたりもひっそりとして、
綺麗に掃き清められている門の内にひっそりと咲く寒菊がきれいだった。

お屋敷の中は、もとがお茶屋からはじまっているからか
武張ったようなところはなく、とても簡素で風雅な印象だ。
明治期ともなれば、もとは細川家家臣の上級武士といえども、
ずいぶんと簡素な暮らしぶりだったかもしれない・・・。
いまはまったく人気のない寂し気なお屋敷だった。

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さて、ところかわって、こちらは熊本市の繁華街のすぐ脇にある
小泉八雲が1年ほど住んだというお家だ。
小泉八雲といえば松江というイメージが強いけれど、
へえ〜熊本にも住んでたんだ・・・。

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横に細長い玄関からあがり、簡素でスッキリとした奥の座敷に入る。
縁側のガラス戸の向こうにも小体なお庭があって、よく掃き清められていた。
もともとは目の前の鶴屋デパートの一角にあったのを
現在の場所に移築したそうだけれど、丁寧な仕事がしてあって、
建具の手入れもよく、釘隠しの鶴がとても格好よかった。

ふう〜ん、建物も室内も簡素で、明治時代の肥後の町中では
ちょっといいお家ってこういうカンジだったのだろうか。
ん〜いいなあ、好きだなあ、落ち着くなあ〜・・・。

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ところで、肝心の作品といえば、チョー有名な「耳なし芳一」と
今は懐かしい英語教科書にでていた「むじな」しか知らないのだけれど、
座敷にあった石油ファンヒーターの前に座っていたら
ふと、むかしNHKで、小泉八雲のドラマを見たのを思い出した!
詳しい場面はほとんど覚えていないけれど、
たしか・・・そうそうジョージ・チャキリスさんと
檀ふみさんが主演していたドラマだったと思う。

ごく小さな建物の中で書籍好きの相方と、のんべんだらりと
座敷に座ってみたり、写真を撮ったり、展示資料を見たり
本棚をそっとあけて古い英語版書籍を眺めたりして
1時間ほどもそこで過ごしていたら、なんだかにわかに興味が沸いてきて、
受付で買える小泉八雲の本を何冊も買ってしまった。
(復刻版の紙製玩具「お化け行燈」もついでに買っちゃった)

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小さな旧居を出てから商店街を歩き、朝鮮飴で有名な「園田屋」という、
なんともいえず素敵な古い建物でお土産も買ったりして、
建てもの観賞三昧をしてから熊本を発ち、帰路についた。

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師走の慌ただしい最中だったけれど、行けて本当によかったと思う。
今回の肥後熊本の旅に、まんぞく、まんぞく!

旧細川刑部邸
http://www.manyou-kumamoto.jp/contents.cfm?id=436

小泉八雲熊本旧居
http://www.city.kumamoto.kumamoto.jp/kyouikuiinnkai/bunka/102_koiz.htm

by team-osubachi2 | 2010-12-22 23:44 | 旅をする | Comments(2)
2010年 12月 21日

熊本城の石垣

旅の二日目18日の土曜日は、
熊本市内へと移動してから、まず熊本城をまわった。
学生のころから歴史小説が大好きで、その歴史的眼鏡と妄想力(?)のおかげで
訪れる先がどんな地味であっても、充分にその場所を楽しめるのだが、
こんな超メジャーな観光地では、ことさら歴史に興味がない人であっても
あの立派な天守閣の偉容を見ただけで、
観光するという満足感を得られる場所ではないかと思う。

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そういう私も、熊本市内を歩いていて、街中のあちらこちら、
ビルとビルのすき間から、ちょっとでも高い天守閣が見えると、
見えるたびに「おお〜おっ!カッコイイ〜!」と感動してしまう。
このお城は肥後の國の、熊本の街の、まさにシンボルなのだなあ。

ホテルに荷物を預けて、そこからほど近いところにある
櫨方門(はぜかたもん)から城内に入った。

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私がここで一番見たかったのは、なんといっても石垣だ。
美しいカーブを描いてせり上がってゆく隅石の角を舐めるように見上げる。
う〜んん、なんと見事な石垣だろうか!・・・と、ウットリする。

残念ながら、歴史は好きでも、お城の世界には無知なのでよくわからないが、
関ヶ原の合戦とそれ以降の時代、当時の名だたる武将たちによって
たくさんのお城が築かれたのだろうとは思うけれど、
あてずっぽうに言うと、こんな大きな天守閣を築くようになったのは
織田信長公の時代ぐらいからではないのだろうか?
信長公のそれより以前の時代、上杉謙信公の春日山城は
お山の上に築かれているせいもあり、こんな途方もないほど立派な石垣はなく、
むしろ山の斜面に残っている土塁がリアルだったのを思い出す。

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清正公が築いた勾配の揺るやかな石垣(写真右側)の、その同じところへ、
細川時代に急勾配の石垣(写真左側)が加えられたという
「二様」といわれる部分を見ると、時代を追って石工たちの技術の向上と
組み方も洗練されていく様子がわかるようになっているそうだ。

熊本在住の知人によると、「この築城に携わった肥後の石工たちの技術が
九州のあちらこちらに今も残る石橋に受け継がれているのだと思う」
と言っていたけれど、なるほど、そういうこともあるかもしれない。

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そして、石垣をたっぷりと楽しんでから天守閣に上ってみた。
(まあ、内部の展示もざっとだけ拝見し、新築でキラキラな本丸御殿はパスして)
前々からこの天守閣からの眺めもぜひ見てみたい!と思っていた。
なぜなら、ここから見る肥後の山々の景色こそは、
寸分違わず築城当時そのままの景色だから・・・。

時代とともに、領主をはじめ、城の規模や建物や、
城下の様子や人々の暮らしぶりがどんなに変わろうと、
そういうことにまったく関係なく、
そこに在り続ける不動の山々の姿を見ながら、
はるかな古に想像をめぐらすのが、私はとても好きだ。

熊本城公式ホームページ
http://www.manyou-kumamoto.jp/castle/

by team-osubachi2 | 2010-12-21 00:10 | 旅をする | Comments(4)
2010年 12月 20日

阿蘇は今も活きている

先週の17日から二泊三日で熊本へ行ってきた。
朝、羽田を出て、阿蘇くまもと空港に着いたのが金曜の正午ごろ。
それからレンタカーで、まず向かったのが阿蘇山だった。

阿蘇は、私が学生のころ、航空会社の企画ポスターを制作する課題で
九州の阿蘇を描いて以来、いつか見てみたいと思い続けてきたお山で、
四半世紀たって、やっとそれが実現したのである。

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今もモクモクと活きている阿蘇のお山は、
私が生まれ育った富山の北アルプスの山々とはまるで異なり、
山のてっぺんから優雅な曲線を描いて裾野をおおきく広げ、
とても滑らかなその山肌は、まるで
ベージュのビロードに覆われているかのようだ。
ふもとから見上げる阿蘇の雄大な眺めに
あ〜あ、いいなあ〜!を連発し、キモチがわくわくした。
♫♪あ〜そ〜は広い〜な、大き〜いな〜・・・♫♩♪

しかし、おりからの寒気が九州にも入り込んでいて、
空も、雲間から漏れる日差しも、なんだかめちゃくちゃ冷たそ〜!
この日の阿蘇の予想最高気温は零度。
火口の頂にはうっすらと雪が積もり、
溶岩が冷えて固まった大地の割れ目のあちこちに溜まった水が
どれも白い氷になっていて、午後になっても溶けずにいた。

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この寒さに加えてシーズンオフであるにもかかわらず
思いのほか、火口付近にはたくさんの観光客が訪れていた。
その大半が、韓国や中国からの団体さんで、見れば事前連絡があったのか
みんなダウンや帽子やマフラーを巻いて防寒対策の格好で
駐車場から火口付近へいくロープウェイに乗り込んでいる。

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相方と私も、この日のために多少は防寒着を準備したものの、
気温が零度かそれ以下では、わずかな風でもすぐにカラダの芯が冷えてきて
とても長く留まってもいられず、ひとしきり周辺を歩きながら
今も活きている「阿蘇のお釜」の様子を楽しみ、
ふもとの日帰り温泉でカラダをよ〜く温めてからお山を降りた。

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阿蘇のお山は、熊本のベタな観光地なのだろうけれど、
その自然のあるがままの姿は、本当に美しくて雄大で、
そして、非情なくらいに厳しい様は、
自分の貧相なコトバなんかではとても言い表せない。

どんなにメディアが発達しても、
実物を見ること、触れることでしか感じることができないものが
まだまだいっぱいあるって、なんて素敵なことだろう!
なんて豊かなことだろう!と思う。
人は、だから、旅をするのである。

by team-osubachi2 | 2010-12-20 00:09 | 旅をする | Comments(8)
2010年 08月 05日

与論島の芭蕉布

与論島の3日目は朝から雨だったので
借りた車で、島の南東部をドライブした。
地図を見ていたら、「与論民族村」というものがあったので
寄ってみることにした。

道路から少し奥まったところに入り口があり、400円支払って中に入ると
与論島の伝統的な民家や小屋が肩を寄せるようにして数棟建っていた。
当主の菊 秀史(ひでのり)さんが、一棟一棟移動しながら
古くからの暮らしぶりをお客に説明してくれた。
そのあと、売店の横でお茶をいただきながら
菊さんからさらにいろんなお話を聞いてみたところ、
なんと、この小さな村は、菊さん一家が家族で経営している施設だった。

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菊さんは熱心に、自分という人間が
どういう土地で、どういう祖先で、どういう言葉や文化の中で育ったかを
ひとり一人知っておくべきだと言う。
それでこそ、実社会で、または外の世界でしっかりと生きてくための
基盤ができるのだという。う〜む、まったく同感だ!
(・・・なんて、あんまりエラそうなコトは言えないけど)

いまの与論島の子供たちやその親の世代ですら、
島の伝統的なものを知らないということに
菊さんは強い危機感を抱いているようだった。
継承の難しさを日々感じながらも、自分に出来る最善のことをしようと
奮闘なさっているように見えた。

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菊さんとのおしゃべりのあと、売店をのぞいていたら
壁際のガラス棚に、与論島で一軒だけ織っているという芭蕉布があった。
織り手のおばあさんの紹介記事を見ていたら、
雑誌で紹介されているのを思い出した。
そうか!あの菊 千代さんは、ここのおうちのおばあちゃんだったのか〜!

おばあちゃんから引き継いで芭蕉布を織っている
菊さんのお嫁さんからも芭蕉布のお話をいろいろ聞いた。
「銀座にも出してるんです」と言うので
「どこだか知ってます。『もとじ』さん、ですよね」。
見本として置いてある反物や帯をひろげて見せてもらい
触らせてもらって、しばしウットリと魅入った。

いまや首都圏の暑さは、南の島々よりも凄まじい。
きっと、日々ザブザブと洗った芭蕉布が快適な暑さだ。
与論島にじかにお願いすれば、銀座よりうんとお得に出来るのだろうけど、
とても私なんかが手を出せるような代物ではない。
その手間と時間と労力の値段は、それでも報われることが少なく、
糸から反物にするまでを継承する人がいなくなる現状を思い、
ため息まじりに欲を手放した。

せめてもの土産にと買って帰った
車輪梅で染められた麻のタペストリーを壁にかけて眺めては
与論島の芭蕉布を思い出している。

与論民俗村
http://www.yorontou.com/minzokumura/index.php

by team-osubachi2 | 2010-08-05 00:31 | 旅をする | Comments(2)
2010年 08月 04日

縁は異なもの味なもの

人にはそれぞれ、偶然のような思いもかけない出会いがあるように、
私にも面白い出会いがこれまで数々あったけれど、
今回は、鹿児島県の最南端の与論島でそんな出会いをした。

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与論島についたのが昼すぎだったので、ホテルをでてから
どこでランチにしようかとブラブラ歩いていたら、
ちょうど良さげなイタリアンレストランがあったのでそこに入ってみた。

おいしいパスタでお腹を満たし、他のお客さんがひけたところで、
マダムに島のお天気をきいてみたのだが、その会話がはじまりで、
何故かそこからどんどんと話が広がっていき、
ひょんなコトから、このご夫婦が、むかし渋谷でお店を出していた頃に
なんと私のイラストの師匠・灘本唯人先生と親交があったということがわかり
「えええ〜〜っ?!」とお互いビックリしたのだった。

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このイタリアンレストラン「アマン」のご夫婦は
きけば東京、イタリア、札幌、そして3年ほど前に
ポッと訪れた与論島がすっかり気に入り、
それからすぐに移転して現在のお店を開かれたそうだ。
持って生まれた星と、きっと非常に気さくな人柄もあるのだろう、
全国さまざまな人たちと交流があるようなお二人だった。

しかし、東京と与論島と、なぜか灘本先生を介してピンポイントでつながり、
ご夫婦からは親切にいろいろと食べるところや
(今度来るときに)おすすめの宿や、
海遊びに向いている磯などを教えてもらい、
さらにお二人のご好意で、車を二日間にわたってお借りして
島のあちらこちらを見てまわるコトができた。

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「アマン」のご夫婦の紹介で知った、すぐ近くの「海カフェ」は、
茶花漁港を見下ろす丘の上の地中海風の建物の中にあり、
かわいいカフェ女子が一人でやっている、とっても居心地のいいカフェだ。

コーヒーもそのつど豆からひいているようで
アイスカフェモカも香ばしくて、とてもおいしかった。
屋内もいいが、雨が降らなければ緑のあふれるテラスでまったりするのもいい。
そののんびり感がキモチよくて、
また泊まったホテルからすぐそばだったせいもあってか
結局帰るまでに3度も足を運んだ。
与論島に行く人があれば、ぜひおすすめしたいカフェだ。

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島の北西部にあるホテル&レストランの「ヨロン島ビレッジ」の中にある
「たら」というレストランでは、
ランチに鹿児島名物のおいしい鶏飯(けいはん)が食べられる。
で、次の日も「たら」へお昼を食べに行き、
今度は油そうめんという、もずくと素麺を炒めて
あたたかい鶏ガラスープをかけまわした素麺もおいしかった。

この「たら」で100円で売られていたドラゴンフルーツを
一個買ってホテルで食べてみたら、とても新鮮でおいしかったので
翌日も行ったときに、また一個買おうとしたら、おかみさんが
「続けて来てくれてありがとう。せっかく来たのに雨が降っちゃってねえ」と
さらに一個おまけしてくれた。わ〜い!

結局お天気には恵まれなくて、海に入れたのはわずか半日だけだったけれど、
その分だけ、雨の中を散歩したり、島の人たちに親切にしてもらったりして
のんびり楽しい時間を過ごすことが出来たかもしれない。
まぁ、暑い夏なんだし、こんな旅もいいもんだ。

アマン
http://www.lares.dti.ne.jp/~fuente/aman/
海カフェ
http://www.churashima.net/shima/special/cafe/okinawa/umi_cafe/index.html
ヨロン島ビレッジ
http://yorontouvillage.jp/

by team-osubachi2 | 2010-08-04 09:25 | 旅をする | Comments(0)
2010年 08月 03日

与論島へ

あれ?と思っている間にもう八月だ。
毎日暑いなあ〜。ホントになんて暑いんだろう!
先週、三泊四日で鹿児島県の最南端にある与論島へ行ってきたのだが、
亜熱帯化している首都圏よりも、はるか南の与論島の方が快適だった。

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行きは那覇空港を経由して、プロペラ機で与論島へ向かった。
乗り物酔いしやすいくせに、飛行機というものが好きな私には
これがはじめてのプロペラ機体験だ。

飛び立ってじきに雲のかたまりの間を縫うようにして
飛んでいく様子に胸が踊った。
綿菓子のように真っ白なかたまりの一つにぶつかると
とてもわかりやすく機体が揺れる。わあ〜い!
なんだかナウシカになったみたいで酔うどころではなかった。
この日のフライトはお天気も安定していて、私たちが乗った機体は
無事昼過ぎに与論島のちいさな空港に到着した。

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飛行機を降りると、思ったほど暑くはなくお天気も曇り気味だった。
ホテルの送迎の人にきけば「今週はあいにくの天気みたいで」という。
ありゃりゃ〜。

でも、ホテルに着いてみたらば、さらにありゃりゃ〜というカンジだった。
どことは言わないでおくが、
まるで昭和40年代のヘルスセンターの宿泊施設が
そっくりそのまま風化したようなホテルだったのだ。
ロビーは全体がおんボロ状態で、雨の日にはなんと
二カ所ほど雨漏りがして、青いバケツが登場するという有様だ。

部屋の様子もそれなりに哀しいものがあったけれど、
ベッドは別に湿気てはいなかったし、
洗いたてのシーツはピンしゃんとしていたし、
シャワーカーテンもカビてはいなかったので、
家具やタオルや毛布のボロさは、いっそのこと笑いとばすことにした。
もしも新婚旅行で来たとしたら悲惨だったかもしれないが
なんだかんだ、それなりに楽しく快適に過ごすことが出来たのだから、
まいっか〜。

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地元の人たちにきいたところ、与論島は
基本的にはサラリと乾いた風が吹くキモチのいいところのようだ。

残念ながら、お天気にはあまり恵まれなかったため、
地元で知り合った親切なご夫婦の好意で、その家の車を借りて
雨が降ったり曇ったりする中、島をぐるりと巡ってきた。
島は1時間もあれば一周できるくらいの大きさだが、
映画「めがね」のロケ地にもなった磯や浜辺がいくつもあり、
なによりも珊瑚礁に囲まれた海が本当にホント〜にキレイなところだ。
う〜ん、惜しい!これでお天気さえよければなあ〜。

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さらに地元の人の話によると、
島の東側に幽霊がよく出る通りがあるという。
感の強い人などは通れないくらいだとか・・・。
きけば太平洋戦争末期、沖縄本島の北隣にある与論島にも
沖縄戦の余波として、日米双方の多くの兵士の亡骸が流れ着き、
島の人々によって埋められたのだそうだ。
ちいさくてのどかな島にも、いろんな歴史があるのだった。

結局、海に入れたのはわずか半日だけだったけれど、
思いもしない出会いがあったり、島の人のおはなしをきいたりして
さまざまなご縁と感謝を感じた旅だった。
もしもまたいつか行くことがあれば、
今度は太陽の下の青いあお〜い海を見てみたい、かな。

by team-osubachi2 | 2010-08-03 09:09 | 旅をする | Comments(4)
2010年 06月 16日

我回来了(上海の旅−7)

6月4日に上海入りして、3泊4日の視察旅行も
アッという間におわった。
私にとっては二度目の中国旅行で、
いわゆる中原の都市というものを見たのはこれが初めてだったけれど、
上海という街はきっと中国であって中国でない、というか、
うまく言えないけれど、「上海は上海」という
ある意味、国家からも独立した都市なんだろうな、という気がした。

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上海という街は、実にエネルギッシュで、やかましくて空気が汚いうえに、
人もフツーにうるさくてあつかましくて、なかなかスゴかった。
初日に少し歩いただけで、そのあまりに強烈なエネルギーにやられてしまい
モ〜イ〜ヤ、モ〜充分味ワッタカラ、モ〜イ〜、アタシ
と言いたくなるくらいヘロヘロになったものの、
一日二日と時間がたつごとに喧噪にも慣れてきたのか、
市井の人たちの姿も少しだけ見て取れるようになると、
この街はこの街でやっぱり面白いところもあるな〜と思えるようになった。

f0229926_23335452.jpg←撮影O嬢

けれども、今回の旅で発見したのは、
たとえどんなにそれが面白くて魅力的な街であっても、
自分がそれを「好きかどうかは別」というコトだった。

f0229926_23344170.jpg←撮影O嬢

同じ中国でも、前に行った新彊ウイグル自治区は違った。
タクラマカン砂漠という辺境の地域を旅したときの方がハッキリと好きと言えた。
想像以上に過酷な環境の中で生きる人々の、貧しくても誇り高く、
それゆえに頑固なところもあるけれど、心根の穏やかさや
家族思いの温かい様子が自然と感じられるところの方が、私は強く惹かれる。

・・・なんてブッてみたところで
要は、単純に、都市よりは田舎が好きなだけかもしれないけれど
海外旅行で同じところへ行くなんてコト自体そうそうあるもんじゃない。
どんな旅も、一期一会が基本だ。
自分で見たもの、経験したこと、感じたものは大切にしたい。

f0229926_23351948.jpg←撮影O嬢

今回の旅は、制作したロボットさんのおかげで
アニメーションという仕事の面白さや大変さをじかに学ぶことが出来た上に、
しかも海外での放映を見届けられて、貴重な体験をさせていただいたと思う。
望外のことだ。
野村監督をはじめ、お世話になったロボットの方々に心から感謝したいと思う。
(写真の掲載をオッケーしてくれたO嬢にも感謝デス!)
皆さま、このたびの一件では本当にお世話になり、ありがとうございました!
いつの日かまたお会い出来るのを楽しみにしています。

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やっぱりね、たまには旅に出るのもいいもんだ!
さて、次はいったいどこへ行けるかな〜???

by team-osubachi2 | 2010-06-16 00:14 | 旅をする | Comments(2)