丘の上から通信

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カテゴリ:らくがき帖( 64 )


2018年 11月 12日

平成最後の『PEACE CARD 2018 TOKYO』始まりました

今年も『PEACE CARD TOKYO』展が
外苑前の「ギャラリーハウスMAYA2」さんにて本日より始まりました。

私もハガキに絵を描いてポストに投函して参加します。


f0229926_16154862.jpeg(c)Tomoko Okada


ーーねえ、君、まずは君の薔薇に水をあげたまえよ。操作、「星の王子さま」みたいにねーー

(メッセージは仏語ができるお友だちに訳してもらいました。ご協力ありがとうございました)

どなた様も自由に参加できます。
ご興味のある方は是非描いて投函なさってご参加ください♪
詳細は以下でご確認ください。

『PEACE CARD 2018 TOKYO』@MAYA2/Gallery House MAYA


by team-osubachi2 | 2018-11-12 16:28 | らくがき帖
2018年 09月 28日

しつけ前

実家の両親とまだ子供だった私たち兄弟が引き取って育てた犬は全部で四匹でした。

初代の犬は、ツキノワグマみたいに胸元に白い毛のある黒犬(もちろん雑種)でした。
意を決してもらって来た兄はもちろんのこと、家族みんなにとって初めての犬でしたから
振り返ってみると「お座り」と「待て」「お手」以外には
しつけもよくわからぬままに育てた犬でした。
大きくなってすっかり「野郎」みたいになった姿からは
想像もつかないくらい仔犬の愛らしさを家族に教えてくれたわんこでしたが、
しつけの大切さも、この初代から教えてもらったようなものです。

今は四匹の犬たちも両親もともにあちらの世にいきましたから、
ひょっとしてどこかで再会して一緒にいるかもしれません。
個性もそれぞれに違う四匹がはたしてお行儀良くしているかは・・・疑問ですが(笑)。


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「しつけ前」©Tomoko Okada

*イラストレーションの無断使用及び複製・転載をかたく禁じます


by team-osubachi2 | 2018-09-28 10:33 | らくがき帖
2017年 12月 07日

Flowers「菊花」

秋も深まったある日のこと、一通の封書が届きました。

はじめてお会いしたときから、なんだか親戚のおじさんのような親しみを感じ、
また可愛がってもいただいた方が彼岸へと旅立たれた、そのお知らせでした。

生前お世話になった感謝の気持ちで一輪菊花を描いてお送りし、
御仏前へお供えしていただきました。


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旅立たれた先では、きっと若返って
スキッとお洒落な姿で懐かしい人たちと再会し、
よもやま話をして過ごされるに違いない・・・と想像しています。

心からご冥福をお祈りいたします。


Flowers「菊花」© tomoko okada


by team-osubachi2 | 2017-12-07 11:59 | らくがき帖
2017年 08月 10日

Flowers「シロバナタカサゴユリ2」

***** 残暑お見舞い申し上げます *****

昨日の酷暑から一転して、今日は湿気ってはいますが曇天でしのぎやすいお天気の首都圏です。
ボランティアでこの丘の上の長屋のゴミ捨て場を取り囲む土手の草むしりをはじめて三年目の夏です。
甲斐あって今年は去年以上にたくさんのシロバナタカサゴユリのつぼみがスタンバイしていて、
このお盆休みにはいっせいに花を咲かせそうです。

白く清々しい花は一週間ほどで盛りを過ぎ、
下草の上にハラハラと花弁が散ったり、またはボソッとラッパごと落ちたりしますが、
花の終わりにも風情があることを教えてくれたのはこの土手のユリたちでした。
今年も種となるまで見守りたいと思います。

明日からお盆休みですね。
どなたさまもどうぞゆっくりとお過ごしになられますよう・・・。


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Flowers「シロバナタカサゴユリ2」 © Tomoko Okada

*イラストレーションの無断使用及び複製・転載をかたく禁じます


by team-osubachi2 | 2017-08-10 14:09 | らくがき帖
2017年 08月 07日

Flowers「ササユリ」

先月のはじめ、早めにとった夏休みで奈良の高松塚古墳を訪れたさい、
古墳塚を取り囲むよう整備された国営の公園内は、梅雨も終わりかけで咲く花はあまりなく、
人気のない園内にひっそりと「ササユリが咲いています」と記された
ちいさな立て看板を見つけました。

え?ササユリ?・・・どこ?どこに?

ササユリにちょっとばかり憧れがある私は胸が踊りましたが、
よく見れば、盛りをすぎて花びらが傷みはじめた花が一輪あるだけで
ほとんどは開くまでまだ一日、二日ほどかかりそうな蕾だったり
すでに咲き終えて花芯だけが残ったものだったりして、
ちょうどいい花はひとつも咲いておらず、ちょっぴり残念でしたが、
花の少ない時期にこのササユリがいくつも咲いたところは
濃く茂る緑の中、そこだけ光に照らされたような華やぎが見られたろうになあ
・・・と想像して帰ってきました。

ササユリは憧れです。
いつかきれいに開いた薄桃色のササユリの花弁にそっと触れてみたい・・・と思っています。


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Flowers「ササユリ」© tomoko okada

*イラストレーションの無断使用及び複製・転載をかたく禁じます


by team-osubachi2 | 2017-08-07 09:15 | らくがき帖
2017年 08月 01日

「八朔」

今日は八月一日。
一日を「朔日」を書いて、八月朔日。
略して「八朔(はっさく)」という祭事があることを知ったのは大人になってから。

なぜお世話になっている方々へご挨拶にうかがうのか
ネット時代に入って検索してみて初めて知りました。w

古の農民が早稲の初穂を恩人へ贈っていたという「田の実の節句」という意味合いから
なるほど「たのみ(頼み)」にしている方の御恩に感謝するという風習になったとかなんとか
そんな風に記してありました。

地域によっては旧暦に五穀豊穣などのお祭りをするところもあるそうですが、
実りを実感するのは、やっぱり旧暦の方でしょうか。

今日は京都などあちらこちらの花街でも、礼装の芸妓らが
日ごろお世話になっている先様へ行き交う華やかな一日になるそうですね。


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「八朔」© tomoko okada

*イラストレーションの無断使用及び複製・転載をかたく禁じます


by team-osubachi2 | 2017-08-01 09:41 | らくがき帖
2017年 07月 31日

Flowers「ドクダミ」

なんと今日で7月もおしまいです。

いったいいつの間にそんな季節になってたの?
・・・なんて思うくらい季節がはやく過ぎてゆきます。

昨日、訪問先近くの路傍にドクダミが生えているのを見つけました。
あんなに可憐だった花芯は茶がかって、
濃くて美しかった緑色の葉はもうあちこち赤茶が滲みて焼けていました。

今年も清楚で可憐な花を楽しませてくれてありがとう。また来年も愉しみにしているネ♪



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Flowers「ドクダミ」© tomoko okada

*イラストレーションの無断使用及び複製・転載をかたく禁じます


by team-osubachi2 | 2017-07-31 11:42 | らくがき帖
2017年 06月 05日

Flowers「シロバナタカサゴユリ」

ーーー野の百合はいかにして育つかを思え 労せず紡がざるなりーーー
という言葉を知ったのは『赤毛のアン』シリーズの最終巻『アンの娘のリラ』を読んで。

その言葉の宗教的な意味合いを私は知らないし、別に知らなくてもいいのだけど、
ほんの少しだけ知り合った「あの人」は、自らは紡がず、けれども紡ぐ人たちのために
労して立った人だったのだなあ〜・・・と思ったら、この一節を思い出した。

バイバイ、ちゅうさん。いつかまた会えるかもしれないよね。
どうぞ安らかにっていうより、どうぞよい旅を!って言いたい。


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「シロバナタカサゴユリ」© tomoko okada

*イラストレーションの無断使用及び複製・転載をかたく禁じます


by team-osubachi2 | 2017-06-05 15:58 | らくがき帖
2017年 05月 26日

Rehabilitation-15『どこか知らない町の灯りと、わたしの灯り』

先だって描いたRehabilitation-12『灯火がひとつあればいい』では
それまで打ち上げ花火みたいな恋をくり返してきた自分が、もうこりごりして、
派手でなくてもいい、自分にはいつもそっと照らしてくれる灯火が
ひとつあればいいのだと思ったことを描きました。

その灯火は、きっとどこか知らない町にいる「お相手」の灯火ともつながっていて、
いつか必ず出会えるとかたく信じていました。
やがて時期が訪れ、自分が信じた通りにその場所へと誘われ、出会い、今に至っています。

今回、その Rehabilitation-12 で描いた絵を、ひとつの試みとして、少し整理し、
ふたつに分けてあらためて描いてみました。

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『どこか知らない町の灯りと』© tomoko okada

*イラストレーションの無断使用及び複製・転載をかたく禁じます

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絵として成功したかはまったく分かりません。むしろ失敗しているかもしれません。w
でも、いいのです。これは数年前に罹った手足の病を脱し、
再出発するために描いた自分のためのリハビリ絵なのですから・・・。

このふたつの絵を描き終えてしばらくしてから、面白いことに、
これは単に恋愛ばなしのひとつとして、どこか知らない町にお相手がいる
・・・ということだけでなく、仕事であれ、友だちであれ、
これから先出会うかもしれない様々な人たちの灯火とも
自分の灯りは繋がっているんだろうという考えが浮かんできました。

きっと、心に浮かぶ通りに、これからの私はまたあらたにいろんな人たちに出会い、
たくさんのことを体験してゆくのだろうと思います。
絵の中はまだ夜ですが、自分の中ではこれは夜明け前なのだという気がしています。

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『わたしの灯り』© tomoko okada

*イラストレーションの無断使用及び複製・転載をかたく禁じます

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一年以上かけて描いてきたRehabilitationシリーズはこれでおしまいになります。
拙い作品ですが、これまでご覧くださった方々にこころからお礼を申します。
一連の作品を見てくださって、どうもありがとうございました。

そして、さあ!次の章へと歩みを進めることにいたしましょう!

感謝をこめて

岡田知子


by team-osubachi2 | 2017-05-26 08:11 | らくがき帖
2017年 05月 21日

Rehabilitation-14『私と本心』

「うん。だいたい分かった。『じゃ、自分はどうなのよ?』ってことだよな」
今から十数年前、その人は私の個展を見にいらして、こう言いました。
私の顔に一瞬はてなマークが出たのを見て、その人はもう一度穏やかな口調で言いました。
「自分はどうなの?ってことなんだよ」

この時の個展では過去に旅した国々で出会ったり見かけたり人たちを描いて発表したのですが、
思いがけずその人はお祝いのワインを片手に一人でふらりとギャラリーに現れ、
ざっと作品を見てまわってからそう言葉を残して去ってゆかれました。
言われた言葉に戸惑いつつも、ひと言も言い返せないくらい何か核心を突かれた
・・・ということだけはハッキリとわかりました。

個展の二年ほど前だったでしょうか。
思いがけず広告業界の大御所コピーライターのその人からご指名いただき、
とても大きな仕事をさせていただいたのですが、
室内の雑貨小物や料理などを描いたシリーズ第一弾は好評だったのか
思いがけず第二弾も発生したまではよかったのですが、
今度はモノのほかに人物も描いてもらわないといけないが、岡田さんは人物が描けるの?と
間に入って仕事をすすめてくださったデザイナーさんを通して訊かれました。

ドキン!としました。当時の私は、人物は「形は描けるけど、どうも苦手」だということが
自分でもだんだんわかりはじめていたころでした。
私が描けるのはせいぜいお人形みたいな「形」だけ。
それならいくらでも描けるのに、どうして「人間」は描けないのだろう?
人物を描くことに腰が引けるほど、それはいつの間にか大きなコンプレックスになっていました。

けれどもこれは新聞広告の仕事でしたから、すでに締め切りは待ったナシ。
どうにかこうにか人物も描いて提出し、二度にわたる大仕事は無事に完了しました。
結局その大御所先生とは一度もお会いすることもなく終わったのですが、
のちに個展をひらくさい、ご案内だけでもと大御所先生にもDMをお送りしておいたのでした。
お忙しいだろうし、たぶんダメだろうと思っていたのに、案に相違してその人は来てくださいました。

「あの第二弾のときに、実は俺はデザイナーに“このコは人物描けないよ”って言ってたんだよ。
作品ファイルでも人物描いてあるの見た事ないしね。
で、来てみたんだけど、うん、今日見て、だいたいわかった。
やっぱり『自分はどうなの?』って事なんだよな」とお話してくれました。

よくわからないけど、なんだか禅問答みたいだなあ・・・と思ったその言葉は、
ずっとずっと私の心の中にピンで留めたメモのように貼り付いていたのですが、
数年後、とある失恋をキッカケにはじまった“自分と向き合う日々”の中で、
ある日アパートの台所に立って夕飯の支度をしている最中に
突然言われた言葉の意味が分かったのでした。

「自分を見失っているような者に、人間など描けるのか?」

瞬間、顔から火が吹き出たかと思うくらい真っ赤になったのがわかりました。
自分の裏側を完全に見透かされてしまったことの恥ずかしさ!
“穴があったら入りたい”とはこういうことを言うのでしょうか?!
一人きりの台所で、恥ずかしさのあまりしゃがみ込んでしまったほどでした。

いつからそんなことになっていたのでしょう?
気がつかないままのコンプレックス、上昇志向や見栄、または背伸びというものでしょうか。
私は、私という人間の本心をどこか遠くにすっ飛ばして、
何年も自分の中を空っぽにして、頭だけ小賢しく働かせてきたようなのでした。

いったい私の本心とはどういうものなのでしょう?どこにいっちゃったのでしょう?
考えてもさっぱりわかりませんでしたが、ありがたいことに「本心の私」は
はるか遠い空中に追いやられていても、細い細い糸の先に必死につかまって、
ちゃんと私に繋がっていてくれたようでした。

顔から火が出る思いをしてひと月ほどたったある朝、
これも突然、本心の私がシュッと私の中に戻って、あ!ひとつになった!と思った瞬間がありました。
ああ〜、自分が自分に戻ってきてくれた!ありがとう!本当にありがとう!
不思議なことに、歓喜と熱い感動が私の中で起こりました。
そして、もう自分から目をそらすのはやめよう。どんなに気に入らないところがあっても、
自分だけは自分の味方になってあげよう!と、そのとき心に決めました。
すでに不惑の四十代に突入して数年がすぎていました。

たぶんもう覚えていらっしゃらないだろうなあ〜と思いつつも、
個展のときにいただいた言葉と、その後ようやく言われたことの意味を悟ることが出来た
感謝の気持ちをしたため、お礼のはがきをのちにその人へお送りしました。

ーーー『じゃ、自分はどうなのよ?』ってことだよなーーー

そう言ってくださったのはコピーライターの仲畑貴志さんです。
あのとき仲畑さんからからいただいた言葉は、私の宝もののひとつとなっています。


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『私と本心』© tomoko okada

*イラストレーションの無断使用及び複製・転載をかたく禁じます


by team-osubachi2 | 2017-05-21 20:27 | らくがき帖