丘の上から通信

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2019年 08月 01日 ( 1 )


2019年 08月 01日

モーツァルトの音楽と、字を書くということと

振り返って見ると、それは四十代になったときから徐々に感じるようになっていたのだと思う。
五十代も半ばになったいま、それはもっと切実なものとしてわが身に迫ってきている。

何のことかというと・・・
「年を追うごとに集中する時間が短くなって、散漫になりやすい」
これである。
この数年、このことをなんとかしたい!とずっと思っていた。

そう願っていた先週、なぜかふと
ある酪農家さんが牛舎で乳牛たちにモーツァルトを聴かせはじめたところ
お乳の出が良くなったという話を思い出した。

ものは試しと、早速YouTubeでモーツァルトを流して机に向かっていたら・・・
あら?・・・いつもより集中力が持続できてる気がするではないか?!

単なる思い込みかもしれないのだけど、
若い時から好きだった音楽やラジオを流し聴きしてる時とはあきらかに違う効果があるみたいで、
この数日間、それが本当かどうか様子を見ているところだ。

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そして、わが身に起きている面白い発見がもうひとつある。

毎日、ちょっとずつなのだけど、『更級日記』を変態仮名で読む自主学習の他に、
「夏休みの宿題」として取り組んでいる課題がある

好きな絵、好きな作家について「なぜ好きか」の考察をノートに書き綴るだけなのだけど、
赤羽末吉さんからはじめて、いわさきちひろさん、安野光雅さん、今は風間完さんについて
なぜ好きなのか?どこが気に入ってるのか?どうして惹かれるのか?などを
私なりに考察するようにして、自分が持っている本を、描かれている絵を、
あらためて見つめ直す自主学習をしている。

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面白い変化が起きはじめたのは、10ページ分ほど文字を書いた頃だったろうか。
ノートにペンを走らせているとき、気がついた。
・・・手が文字を書く感覚を取り戻しはじめた!
忘れていた漢字を脳が思い出しはじめてる!

たとえば、五年日記帳に書き残している夕飯の献立。
年々文字をちゃんと綴れなくなってきていることに気付いていて、
言ってみればグズグズの形のまま書き連ねてはいたのだけど、
それが、自主学習のノートを書き出したら、「飯」や「豆腐」や「菜」といった漢字が
おぼろな形ではなく、しっかりとハネやトメまでを理解した文字として
ペン先が動くようになってきたではないか?!へえ〜〜、ほおお〜〜!

『集中して、文字をたくさん書くという動作』がもたらす
脳と体の回復力にちょっとびっくりしている。・・・面白い。とても面白い♪

便利な世の中になってから遠ざかっていたために、
徐々に鈍って、衰えかかっていた機能の回復、、、なんて書くと大げさだけど、
どの程度のものか、もう少し続けて観察してみようと思う。


by team-osubachi2 | 2019-08-01 23:40 | 日々いろいろ | Comments(6)