丘の上から通信

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2019年 07月 12日

そして、布は残る

昨日、友人や知人のグループ展や個展、そして物産店での買い出しなど
銀座界隈だけで数件ハシゴしてまわった最後に、
交通会館で開催していた「出羽の織座」さんの自然布展を拝見してきた(会期は終了しました)。

お昼どき、何人ものお客さまでにぎわっていたけれど、
展示物の一角に今年身罷られた田中昭夫御大の正藍型染の作品も
(だいぶお嫁入りしたあとながら)まだ少し残っていて見ることができた。

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その帰り道、御大ひとりで染めてきた大量の布の行方に思いをめぐらせた。

それぞれにお求めになった人たちのもとで、大切に扱われる布もあるだろうし、
やがて着古されて使命を終える布もあるだろうけれど、
その中から、持ち主が変わり、時代も変わっても生き残る布がかならず出るのだと思う。

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そういう一途で懸命な仕事をしてきた中で、
どれほどの苦労や、どのくらいの失意があったかなんて外野の人間には想像もつかない。

人からうかがったところによれば、ずっと以前、御大が交通会館で個展を開いたとき、
お客さまがいらっしゃらない会場に御大が一人でポツンといたなんてこともあったそうだけど
昨日(その時と同じ交通会館での)展示会場にいらした着物姿のご婦人たちが
「ネットで知ったんですけど、こうだったんですってね、ああだったんですってね」と
御大の仕事ぶりについておしゃべりしながら見ていらした。

晩年になって、思いがけず何人もの人の助けを得て、
大勢の人が御大が染めたものを求める様子をその目でじかに見たときの気持ちは想像するに余りある。
「俺は運がいい」と口をついて出たというのも、
ふたたび染めようと熱量があがったのも自然なことというか、無理もないという気がする。

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もう何百年もの昔から、時間と空間も超えてなおも
人を強く惹きつける布を生んできた幾多の名もなき職人たち。
田中昭夫という人も、職人の中では数少ない名前が出たお一人だと思うけれど、
たとえ名前は時代とともに忘れ去られても、染めた布そのものは後世までずっと残るんだと思う。

彼岸の向こう側に渡って、御大は、そういう仕事をしてきた
古の職人衆の仲間入りをなさったのだなあ〜・・・と、そんなことを思った一日だった。

羽ばたいていった布たちに幸いあれ。


by team-osubachi2 | 2019-07-12 12:50 | 着物のこと | Comments(4)
Commented by 香子 at 2019-07-13 09:36 x
出羽の織座さん、間に合ってよかったですね♪
御大も苦労はされたけど、フィナーレは
多くのみなさんが注目して華々しかったですね。
終わりよければすべて良しって思っちゃいます (^-^)b
ワタシも1つだけですが手元に迎えられて良かったです。
Commented by team-osubachi2 at 2019-07-13 11:45
香子さん
出羽の織座さんとこの帯とか、グッと惹かれるもの、ありますよねえ。
昔一緒に仕事していた着物ライター(今は出家して尼僧)さんが出羽の織座さんで榀布の帯を手に入れていて(着ることはもうないけれど、いまも大事に持っているそうで)その写真を旧TG転送で確認して貰ったら、御大一目見て「あ、俺のだ」って事もありました。
私も、若い頃から出羽の織座さんとこで御大の藍染、知る以前から見てたんだよなあと思いましたが、自宅展でなければ手に入れられなかったと思います。香子さんの帯の模様、モダンで素敵ですよね、あれも好きな柄だなあと思って見てました。
御大も新盆ですね、合掌。
Commented by 朋百香 at 2019-07-14 16:32 x
tomokoさま
御大の帯、私もtomokoさんのお陰で手に入れられた一人です。作者が亡くなっても作品は永遠、とまで行かなくとも長く残って行くのですね〜。あの時、名古屋まで行って本当に良かった、と思っています。
Commented by team-osubachi2 at 2019-07-14 17:39
朋百香さん
よあったですね、とてもお似合いの一本が、ちゃんと朋百香さんを待っていたかのようでしたよね。
うちの箪笥に一本だけある江戸末期頃の布団側だったという木綿の型染めの帯のように、御大の、ことに頂点の時代に生まれた布は末長く残ると思いました。
ちょこんちょこんと締めて愛でてあげたいものですね。


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