丘の上から通信

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2019年 07月 08日

『更級日記』に出逢う

私の「ゆる趣味」というか、「ゆる夢」のひとつは、
博物館や美術館で展示される絵巻物や和歌集に記してある文章や歌の
一節一首だけでも読めるようになることであ〜る♪

そのために変体仮名を何年も習っているわけなのだけど(ただ今は諸事情で中断中)、
先日テレビの歴史番組で『更級日記』について紹介されたのを見て、
このかた生まれて初めてその中身を知った。

平安時代に、かの『源氏物語』など、いくつもの物語に夢中だったという、
千葉で生まれ育った夢見る夢子ちゃんが、のちに都へ上り、どう人生を歩んできたかという
作者の「菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ←菅原道真公の子孫)」の回想録と知って、
にわかに私の仮名を読みたい願望がポッと発熱したようで、
発作的に影印本(実物の複写ほん)をポチってしまったのだった。

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↑大きさは縦16cm、幅15cmほどのご本。実物もこのくらいの大きさだそうだ。

「何年もかかって変体仮名を習ってきたのは、この一冊に出逢うためだったのかも〜!?」
・・・などとちょっぴり大仰なインスピレーションに
影印本が届いてからというもの、ひとりニマニマと悦に入っている♪

さっそく書きだしの二行を読んでみる。

ーーーあ徒万地乃 みちの者てよ利毛 犹(猶?)於くつ可多尓 於いゝて堂る人ーーー

なんて書いてあるのかというと
「あづま路の 道の果てよりも なお奥つ方に 生い出でたる人」と読む。

たとえ変体仮名を習っていても、平安時代の文字なんてたった二行読むだけでも大変だ。

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後の巨匠・藤原定家が、菅原家に願い出てオリジナル(←所在不明)から書写したという
この現存の『更級日記』、定家の仮名文字は読みやすいんじゃないかと思う。
(もちろん原文と現代語版の文庫も一冊参考書に買っておく)

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テレビで、ある研究者さんがお話なさったことには、
子供の頃からあんなに好きだった物語を大人になって自分も書くようになり、
それを野心の道具にしてしまったことへの後悔にも似た苦い思いをする羽目になったけれども、
作者も五十二才という晩年になり、自分の来し方を振り返ってこの回想録を記すうちに、
いろいろな出来事やあの時の思いを再び味わったり、見つめ直したりして、
「自分を肯定してゆくものになった」のではないか、というご意見だった。
仮定ではあるけれど、年齢が近い私は、その晩年の想いにグッときてしまったのかもしれない。

実物は皇室の「御物」であるから、もちろん私たちが見ることなんて出来ないけれど、
この影印本で少しずつ学習して読み進めることは出来る。
いつの日か実物が展示される機会があれば、是非この目で見て、
一行でも自力で読んでみたいものだ・・・と、ゆる〜い夢を見ている♪


by team-osubachi2 | 2019-07-08 18:29 | これが好き | Comments(6)
Commented by 香子 at 2019-07-08 23:32 x
はい、その番組観ました (^0^)/
理想と現実と言うか、なかなか宮中のお仕事は大変だったようで・・・
Commented by team-osubachi2 at 2019-07-09 10:26
香子さん
見てましたか?たまにしか見ないんですが、内容が分かりやすい番組ですよね。
しかし、考えてみれば、千年も前に宮廷とその周辺で女流作家が何人も活躍してたことにあらためて感心してしまいました。
宮仕えだの、理想と現実との違いだの、そゆとこは千年たってもまったく変わりないですよねえ。
もっとも、私みたいなものは当時なら地下人よりさらに下の方か、荘園の奴隷みたいなものだったと思うので、
千年後の今生きててありがたいという気もします。笑
Commented by れいこ at 2019-07-09 13:00 x
昔受けた授業は確か、東から都へ上ることは鄙び→雅びを表すが、精神性はむしろその逆の雅び→鄙びなのである、といった内容でした。
(これじゃわからないですよね😓)
当時の私はすごーく納得しながら聞いていました。
Commented by team-osubachi2 at 2019-07-09 14:43
れいこさん
鄙には稀な、とかに使われる鄙び、ですかね?、、、鄙びと雅び、ええ?東下りが鄙びで、都上りは雅びかと思ってましたが、
精神性はそうではない、と?そういう状況は想像つくケースもありそうですが、なかなか難しいですね。
それにしても、菅原孝標女、さすがは鄙育ちでしょうか、数え十三で、千年前の道を歩いて千葉から都まで?!ですよ。つい映画「山椒太夫」の、都を追われて旅路の母子の野宿のシーンとか、追い剝ぎは?とか、川越えは?とか、どんな大変やの?って事も想像してしまいます。しかも、孝標女、数え三十三で初産ですよ!?千年前に。。。自分が書いた物語も、この更級日記も、自分の亡きのちにこんなに長く読み伝えられるとは、ですね。もしもご本人のインタビューが取れるものなら、どんなお気持ちか訊いてみたいものです。笑

Commented by ベル at 2019-07-10 23:33 x
今年の春から、高年大学へ通い始めました。
専攻は美術、クラブは古文書です。
この大学へ入った第一目的は、この古文書クラブがあったから。
残念ながら教材は江戸後期の地方文書(じかたもんじょ)が中心です。奉公人の請書とか訴訟ものが多く、文学の香りがしないの(苦笑)。テキストに飽きてくる頃になると、講師(学芸員)が副教材を用意してくれています。変体仮名の助詞を3〜4パターン覚えるだけでかなり読めるようになった気になれます。
行書に馴染んでらっしゃるし、センスがおありだから、tomokoさんなら読み訓しは楽勝ね♪
Commented by team-osubachi2 at 2019-07-11 08:43
ベルさん
この話題、ベルさん見ててくれるかな〜?と思ってました。コメントありがとうございます。笑
「地方文書」っていう言い方、知りませんでした、なるほど、あの手の書面のものはそう言うのですね。そっち方面に興味のある歴史好きの方なら面白いに違いありません。笑
江戸時代の字と平安時代の字とでは、まただいぶ癖が違うみたいで、浮世絵何かの字も読めるともっと面白いんでしょうが、いやあ〜、とてもとても追いつかないので、まずは基本の平安時代の仮名から、と思ってはおるのですが、第一頁をノートに筆で書きだして見ただけでこの定家さんの字にも癖があるのがわかって面白いです。
不思議なものですが、絵画でも書でも、何でもそうですが、古の人が手で生み出して遺した物を直かに拝見すると、その人物が何となく浮かび上がってくるような気分になるのがたまりません。よく時計職人さんがアンティーク時計を修理するとき、元の時計を造ったその時代の職人さんと会話するように修理するという、そういう感覚に似ているのではないかと思っています。その瞬間にワクワクします♡


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