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はがき絵を描くー12

幼かった保育園児のころのこと、毎年春が近づいてくると、
保母さんらが総動員で準備をし、園の入り口正面におおきな雛段を飾っていました。
昭和四十年代も前半の片田舎のこと、どこも豊かな暮らし向きではありませんでしたから
思えばそれは地元の大きな網元さんからの寄付だったのかもしれません。

最上段の男雛女雛ははるか天上界(?)のアイドルですから、
園児らが見ようとしてもおそばへ寄ることなど叶いませんが、
お絵描きの時間には、この男雛と女雛、それに両脇の雪洞を
クレヨンで夢中になって描いたものでしたが、いまもその絵は手許に残してあります。

うちは三人兄弟で、私の上と下には男兄弟が一人ずつ。
女子は私だけでしたが、ことさらな桃の節句を祝ったという思い出はなく、
唯一立ち雛が箪笥の上に飾られたこともあったかな?とおぼろな記憶です。
実家のその一対の立ち雛は、子供時分には、保育園で眺めた立派な段飾りに比べて、
ずいぶんと地味に思えたものでしたが、結婚したのを機に引き取って見てみれば
なかなか上品なお顔立ちで、大人になった今となっては
かえってこのシンプルな一対のお雛様の方が好ましいのでした。

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桃の節句の三月三日から旧暦あたりの四月三日まで使ってもらえたらいいなと思い、
流し雛を描いてみましたが、幼子たちが赤いおべべを着せてもらい、
春の小川に流す雛の光景はテレビや雑誌などでしか見た事がありませんが、
そういう風習に育った方の記憶のなかでは、小川のきらめきとともに、
ずーっとずっとキラキラと揺らめき続けているに違いないという気がします。


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by team-osubachi2 | 2017-11-14 12:28 | 仕事をする

はがき絵を描くー11

民藝好きの人にはよく知られているもので、
江戸時代に始まったという民画に「大津絵」というものがあります。
はじめて見たときはビックリしました。上手いのか下手なのかさっぱりわからない・・・。
でも、おおらかで走る筆の勢いがある絵にはどこか強く目を引くものが感じられて
見てすぐにファンになりました。

もともとは時代背景の中で仏画からはじまった絵も、美人画、武者絵、鳥獣画などがあるようで
中でも人気があるのはやっぱり風刺の効いた鬼の絵でしょうか。
念仏を唱える鬼、行水する鬼、三味線を弾く鬼、落とした太鼓を釣ろうとする鬼、等々。
スター級は傘を背負って奉加帳に鐘叩きを手に念仏を唱える鬼と思われます。
ネットで調べてみましたら、節分にちなんだものもあるようですね。

『福は外』
ーーー我という 心の鬼が募りなば なにとて福の内にいるべきーーー

裃をつけた鬼が豆を蒔きながら大黒さんを追い払おうとする絵はことに風刺が効いています。
オレが、オレがで幸せを願って、かえって大黒さまを追っ払ってしまっているではないか
・・・ということでしょうか。

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焼いたイワシの頭を豆殻と柊の枝に刺して玄関先に提げておくという風習は
どこから発生したものかは知らないのですが、節分のころのはがき絵に
その焼い嗅がしと、巻物から逃げ出す裃をつけた鬼を描いてみましたが、
なんだか虎になり損ねた猫みたいに怖げのない顔になってしまいました。
いやあ〜、大津絵の絵が上手いのか下手なのかわからないですって?
どうしてどうして、真似て描いてみようとしても、線や表情がとても難しく、
すぐには描けない絵だということがよくわかりました。

私は鬼という恐ろしげなものに笑いを持たせ、哀しみや皮肉など風刺を効かせた世界が好きです。
子供のころに大好きだった浜田廣介さんの名作『泣いた赤鬼』の影響かもしれません。
また機会があれば、私なりの鬼を描いてみたいと思います。


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by team-osubachi2 | 2017-11-07 14:03 | 仕事をする

はがき絵を描くー10

日付けかわって今日十一月六日は「酉の市」の一の酉です。
今年ももうそんな季節になりました。
関東では「お酉さま」と言って、毎年十一月の酉の日に例祭を行う神社やお寺さんでは
開運や商売繁盛をお願いする人々であふれ、またそのときに授与していただける熊手の御守りや、
縁起物として掻っ込み福熊手を求める人々でたいそう賑わいます。
私の実家があるごく田舎ではなじみのないものでしたが、東京に来てからは徐々になじんで、
いまでは初冬の風物として楽しみにしていることの一つになりました。

酉の市 御由緒/浅草鷲神社
http://www.otorisama.or.jp/yuisyo.html

お江戸のお酉さまでは、神社で授与してくださる御守りは、
熊手に開運の御守札と稲穂だけを留めたごくシンプルな熊手ですが、
(毎年我が家がいただいてくるのはこちらの方↑)
一方、神社の境内では、お福さんをはじめ、七福神、宝船、鯛に鶴亀松竹梅、米俵に的矢、
金の小判に千両箱、招き猫などなどお目出度い縁起物はなんでもごっちゃりと盛った熊手が並び、
各お店の真ん中や奥にデーン!と構える巨大な熊手を見てまわるだけでわくわくしてきますね。

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そういう縁起物を手に行き交う人々を見るのは関東では十一月の風物ですが、
どのあたりを境にしてか、年があけてからは、名古屋方面では正月五日の「五日えびす」、
京都大阪など関西方面では正月十日の「十日えびす」の例祭日には、
福熊手のほかに福箕、福笹、京都では“人気大よせ”などを
「えべっさん」の縁起物として求める人々でにぎわうそうですね。
福熊手にしろ、福笹や人気大よせにしろ、たとえちいさなものでも
家の中に縁起物がちょこんとあるというのは暮らしの彩りとして楽しいものです。

お正月をはさんで、暮れから年明けに使っていただけるよう、
このはがき絵には熊手や箕といった掻っ込み道具に縁起物をちりばめてみました。
もちろんスペースに納まりきらないので、いくつか割愛させていただきましたが・・・。


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by team-osubachi2 | 2017-11-06 00:05 | 仕事をする

はがき絵を描くー9

若いころ京都へちょくちょく見物に出かけた時期がありました。
もちろんお金はろくにありませんから、現地のお友だちにお世話になったり、公共交通機関を利用し、
お寺さんや博物館や庭園などの間をたくさん歩いて見てまわりました。

街中のなんでもない路地小路や、緑ゆたかな山の裾野の家々をぬうように歩くのも楽しく、
そこここに見るものがたくさんありました。
冬、そういう小路を歩いていると、家々の軒先にそれは見事な実をたわわにつけた
南天の木々がたくさんあるのを見て驚いたものでした。

関東ではさほど実っている姿を見ないのに、なぜ京都の南天はこんなたわわに実をつけるのでしょう?
鳥たちはついばむことをしないのでしょうか?土と気候が違うからでしょうか?
いまもその理由がわからずにいます。

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有名な清少納言の『枕草子』。
「冬はつとめて 雪の降りたるはいふべきにもあらず 霜などのいとしろく
またさらでもいと寒きに 火などいそぎおこして 炭もて渡るもいとつきづきし
晝(昼)になりて ぬるくゆるびもてゆけば 炭櫃火桶の火も白き灰がちになりぬるはわるし」

先日平安時代の貴族の暮らしぶりを少し調べてみましたが、なかなかに面白く興味は尽きないものの
あの京都の寒さの中、(夏の涼しさ優先で)寒気抜けぬけの建家の中で
火桶なぞどれほどの温もりを得られたものか、絹の衣を幾重にも纏ったところで、
ジッとして動かずにいたらさぞ寒かったろうなあと想像してしまいます。

冬の季節に使っていただけるよう、そんな『枕草子』の冬の文章に
赤い実りの南天を組みあわせて描いてみました。


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by team-osubachi2 | 2017-11-02 15:13 | 仕事をする

はがき絵を描く−8

今日も朝から雨降りの一日です。今年の十月はずいぶんと雨の日が多いですね。
自分の中では五月と十月が日本のいちばん爽やかな晴天の季節・・・というイメージがあったのですが、
これまでの雨の降り方とは目に見えて違ってきているように思う人は多いことでしょう。

ちょっと別件に取り組んだあと、先週からはがき絵の制作を再開。
先週は梅雨のころに使っていただけるよう、紫陽花などを描いていました。
調べてみると、四季のある日本には季節風の影響もあって
梅雨を含め年四回ほども雨が続く時期があるのですね。
春は菜種梅雨、それから日本に欠くべからざる初夏の梅雨。
秋の長雨は秋霖とかすすき梅雨という言い方もするところがあるようです。
そして初冬のさざんか梅雨。さらには台風の雨も・・・。
ちょっと調べただけでもこんなに雨降りの時期があるのですから、
日本って本当に雨が多い国なのだなあとあらためて思ったのでした。

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紫陽花の花に傘を組んで描いてみようとしましたが、下図を起こすうちにちょっとつまらなくなり、
傘を差した狩衣の公達を立たせて、かすかに柳もそよぐ雨の風景に見立ててみましたが、
この人物は小野道風ではありませんし(一応ね)、ちなみに人物の足元には蛙もいません。w

余談ですが、なぜ花札に小野道風が登場するかを調べてみると、歌舞伎好きにはこれがなかなか面白い話なのですが、
まあ、それはご興味がある方おのおのにお調べいただくとして、
これは花札ではなく(しかも柳のものはなぜか十一月の札だそうですね)、
梅雨時期の絵はがきとして使っていただくために描きあげました。


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by team-osubachi2 | 2017-10-25 10:34 | 仕事をする

はがき絵を描くー7

だいぶ以前のことですが、ある華道家さんが大きな活け仕事をするにあたって
枝ものを扱う花屋さんに苔むした古い梅の木が欲しいと注文し、
それを引き受けた花屋さんは、そこここの里山へ探しに出向き、
とある里山の農家さんの敷地の先でほどよく苔むした古木の梅の樹を見つけ、
その農家さんにお話して、じっくりと交渉し、ついには樹を切らせてもらい、
花咲く時期を見極め温度調整したのちに樹は無事納品され、
華道家さんにも満足してもらえたところをテレビで見たことがありました。

花屋さんのお話では、ほどよく苔むした梅の木が年々見つけられなくなっているとのことでしたが
育ててすぐに出来る代物でなし、そうか、こんな風に調達していたのかあ〜と
そのテレビ番組を見てはじめて知ったのでした。

そのせいか、お正月など、デパートやホテルの大きな空間に活けられた見事な生け花の中に
苔むした梅の木を見ると、いったいどこから連れてこられたのかなあ〜?なんて思うようになりました。
一度展示された梅の木のその後を想像すると、華やかな場でたくさんの人に愛でられて最後を飾ったと見るか、
自然なまま人里や野にあるのをよしとするかは人それぞれでしょうか。

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つい先日相方が買ってきた「街なかの地衣類ハンドブック」を見てみましたら、
梅の木につく苔は、いえ、地衣類は「ウメノキゴケ」という名前だと知りました。
日本海側の豪雪地帯や岩手の宮古市以北は非常に稀になると記してあります。

お正月やおめでたい場によく登場する松、竹、梅を末広にちらして描いてみましたが、
梅の木にはウメノキゴケみたいな地衣類をぽちぽちと描き入れておきました。


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by team-osubachi2 | 2017-10-12 07:45 | 仕事をする

はがき絵を描くー6

ーーおくやまに もみちふみわけ なくしかの こえきくときそ あきはかなしきーー

有名すぎるほどに有名な和歌の一首ですが、ちょっと検索してみましたら
小倉百人一首では猿丸大夫が詠んだとありますが、古今和歌集では詠み人知らずとのことで、
はてさて、いったいどなたが詠んだ歌なのか真相はわかりませんが、
それでも数百年たってもこんなに親しまれる歌になろうとは詠んだ人もビックリかもしれません。

以前、山歩きの先達に連れられて三ツ峠を目指して夜明け前に歩きはじめたときのこと。
ピーー・・・ピーー・・・・・・と、どこからともなく何かが鳴く声がして、
鳥にしては少し様子が違うようだし、もしかしてこれが鹿の鳴く声?と思っていたら、
山の先達が「鹿だね」とつぶやきました。そうかあ!コレが山の鹿の鳴く声かあ!と感激しました。
海育ちの私には、山の森の中で野生の鹿が鳴く声を聞くなんていうのはたぶんこれが初めてで、
とてもワクワクして嬉しかったのを思い出します。
もっとも、このときは秋ではなく、初夏の山歩きでしたが。w

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鹿たちがたむろする奈良公園の中に『江戸三』という古い日本旅館があるのをご存知でしょうか。
若いころ勤めていたデザイン事務所のボスにお願いして一週間のお休みをいただき
桜の花を追いかけて友だちと二人で京都と奈良を旅したときに、この風雅なお宿にひと晩お世話になりました。

料理旅館『江戸三』

母家のそばに点在する風雅な離れ家のひとつに泊めていただきましたが、
ひと晩自分たちだけが独占できるちいさな建家の内はなんとも居心地がよく、
自由に歩き回る鹿もお宿の窓辺近くに見ることができました。
「いつかこんな“庵”を建てて、好きな書画だけ描いて過ごしたいなあ〜」などと
二十代半ばの小娘が描くにしてはその夢はずいぶんと老けていたなと思います。

生きものを描くのはなかなか難しいものだなあ〜と思いながら、
晩秋むきの一枚に鹿と紅葉を描きました。


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by team-osubachi2 | 2017-10-01 23:02 | 仕事をする

はがき絵を描くー5

千も万もあるさまざまな花の中からひとつを選ぶのはとても難しいことですが、
個人的にいちばん好きなのは椿の類かもしれません。

見ていると、自分の“目が喜ぶ”ような気がしてきます。
描いていると、飽きもせず、夢中になって花の線を追う自分を発見します。

専門的なことは何も知りませんが、
日本海と東シナ海をぐるりと取り囲む温暖な地域で自生した花のようで、
西洋ではカメリアといわれる名前は、
ドイツ人宣教師カメルさんという人が東アジアの植物を欧州に紹介したことから
のちの植物学者がカメルの名をとってカメリア(椿属)を名付けたんだとか。

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冬場から春先にかけて使っていただけるように・・・と描いた椿のはがき絵。

黄色などで花芯を描いておいてから、仕上げに金彩をほどこしました。
写真や四色刷りの印刷では出ない色ですが、
自分の喜び(悦び、かな?)のために差す金の色です。


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by team-osubachi2 | 2017-09-24 16:16 | 仕事をする

はがき絵を描く−4

春向きのはがきに、小袖を召した女性をひとり、モチーフに描きました。
この女性にはあえて彩色は施されません。

が、まわりに花を描いたあと、女性の顔に少し紅をさしました。
素っ気なかったような顔が、ほのかに華やかになったように思います。

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私自身のことでいえば、若かりしころにはむしろさけていた赤い口紅でしたが、
このごろめっきり女っ気(?)が失くなってきたせいでしょうか、
ともすればオヤジっ気の方が全面に出てしまいそうになります。

せめて着物を着たときくらいは・・・と、赤の色味が強い口紅をうすく使うようになりました。
ことさらなメイクはしないのですが、口許にわずかな赤い色があるだけで
頬まで照り映えて顔全体が明るくなるような気がします。(錯覚ではないことを願いつつ・・・笑)

ごくわずかな面積でも、赤の効用は大きいですね。


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by team-osubachi2 | 2017-09-19 14:02 | 仕事をする

はがき絵を描く−3

季節はもうすっかり秋ですが、こちらは仕事の上ではまだ夏を引きずって
水にちなむものなどを描いています。

以前子供向けの電子版紙芝居のお仕事で、
鎌倉時代あたりの天秤桶を描こうと資料絵を集めたところ、
いずれも薄い板木を用いる曲げ物に底板をつけたものしか見つけることができず、
ハタ!と、この時代は木をくりぬくか曲げ物が桶の中心だったのかと思い至りました。

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江戸時代の浮世絵などにも登場し、いまや主流になった片木(へぎ)を寄せて
箍(たが)で締める結桶は、いったいどの時代に普及したのでしょう?
結桶でなら大物も作れますし、味噌や醤油、酒造りなど、その恩恵はとても大きかったに違いなく、
当時としては相当な技術革新だったのではないでしょうか。
現代でも柄杓や弁当箱などほんの一部に曲げ物としての造りがまだ残されてはいますが、
大物は見かけないように思います。
桶ひとつとっても、まだまだ知らないことってたくさんあるものですね。

この絵の柄杓は少し柄の先が上向きになってしまいました。
実物の柄杓の柄はもっと底板に近い位置に抜けています。


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by team-osubachi2 | 2017-09-16 13:15 | 仕事をする