カテゴリ:人を描く( 35 )

カフェの人たちⅡ−4

ひと組の男女がカフェでお茶をする絵を描いていて、
自分が描いている絵であるのに、顔を色付けし、目を描いたら
最初にイメージしていたものとは違い
「おや〜?この二人の関係はいったいどんな・・・?」
という表情になってしまった。

・・・どうしようか。描き直し?
まあ、ひとまず仕上げてみよう、と背景を描いていたら、
何年か前に、自分が見かけた
とある男女の強烈なシーンを急に思い出した。


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以前、新宿副都心からもほど近い場所ながら
昔は職人町であったという通り沿いに住んでいたときのこと。
私の前を歩いていた女子にむかって、
その後ろから早歩きに追いついた男子が
いきなり女子のバッグを取り上げ、中から財布らしきものを抜き出した。

ひったくりか?と一瞬ビックリして見ていたが、
どうもそうではないらしい。
女子が男子に追いすがって喚いていた。
「やめて〜っ!お願い!なんで?なんでこんなコトするの〜っ?」
落ちたバッグはそのままに、女子は男子の腕にすがるのだが
男子は荒っぽくその腕を振り払って走り去ってしまった。

女子はその場でしゃがみ込んでワァーッとひと声泣いてから
その剣幕に驚いて出てきた商店街の人たちの視線の中、
(お肉屋のお姉ちゃんが「大丈夫?」って声かけてたっけ)
何事もなかったかのようにすぐにバッグを取りに戻り、
フツーに商店街を歩いて去っていったのだった。
夏の暑さがまだ残る季節で、細い素足にヒールの高いサンダルが
なんとなく痛々しかった。
あの二人はいったいどんな関係だったのだろう・・・?

描いている絵とは関係がないそんなシーンを思い出しながら、
いろんな男女がいるもんだなあ〜とあらためて思った。
カフェにいる男女がかならずしも仲がいいワケではないだろう。
一緒にいても、互いの思いが通じないカップルもいる。

・・・ま、この絵の二人もそんなところかな、と筆を置いた。


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by team-osubachi2 | 2012-01-31 13:21 | 人を描く | Comments(6)

カフェの人たちⅡ−3

十数年前の秋、一週間ほどポルトガルを旅した。

リスボンの街中は急勾配の坂道が多いが、
入り組んでガタガタとした煉瓦路を歩くのは楽しかった。


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ある町の一角で、ウードみたいな楽器を弾くおじさんを見かけた。
盲いた路上芸人だろうか。誰も立ち止まってはいなかった。
足元に広げられた楽器のケースにお金は入っていたのだろうか。
こっそりと少し離れたところからスケッチをとり、
その場をあとにした。

今思い返すと、スケッチをとらせてもらったのだから
いくばくかのお金を入れてきてもよかったのに・・・。
時すでに遅し・・・である。

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by team-osubachi2 | 2012-01-27 00:25 | 人を描く | Comments(6)

カフェの人たちⅡ−2

                            
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シャンソン歌手で俳優のイブ・モンタンの往年の作品に
「ギャルソン!」という映画があった。
製作年を見ると、まだ私が高校生のころの作品なのだが、
都内のどこかちいさな映画館で上映された時にでも見に行ったのだろうか、
いつどこで見たのかまったく思い出せないのだが、
パリの匂いがプンプンと漂ってくるようなシーンの数々に
見入った記憶の断片だけがある。

当時の自分から見てう〜んとはるかに大人だったイブ・モンタン。
パリのレストランを舞台に、
仕事仲間らといろいろありながらも一所懸命に働き、
そして、当然のことのように女のヒトと恋もするのである。
「こんな年齢でも恋をするんだなあ〜!」
・・・いまだったらそんなコトもよ〜くわかるんだけど、
当時の私の目線の高さは子供並みだ。



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物語に出てくるなんでもないレストランも、
ショボくてちいさな遊園地も絵になっていた。
もちろん60を越えていた主演のモンタンもサマになっていた。
パリの大人たちがとても洒脱に見えた映画だった。

もしかしたら、はじめてパリという街を体験し、
帰ってきた後に見に行った映画だったかもしれない。
中古DVD、やっぱり買おう・・・かな?

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by team-osubachi2 | 2012-01-23 13:54 | 人を描く | Comments(2)

カフェの人たちⅡ−1

ちょいと必要にせまられて、ただいま
自主制作「カフェの人たち」の第2シリーズを描き溜めている。

季節ということもあり、愛用のMacBook Proで
オランダの歌姫 Laure Fygi の『The Very Best Time of Year』を流し
しっとりと潤うような声で歌う大人のクリスマスソングを聴きながら
忙しない家事雑用と並行しながらせっせこと描いている。

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昨年やった個展では日本の人たちを描いたけれど
今回は少し幅を広げて、日本だけにこだわらずに描いてみたいと思い、
いくつもの写真集や資料、それに
2000年の秋にポルトガルを旅したときのフォトブックやスケッチ集を
久しぶりに引っぱりだして、懐かしく眺めている。

ああ〜、こんなことなら、24歳のときに
はじめての海外旅行で訪れたロンドンとパリの写真も
もっと大事にとっておけばよかったなあ〜、と
今更ながらちょっぴり後悔している。


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その当時は初めて手に入れた一眼レフカメラに夢中で
「旅先でスケッチをしよう!」などとは思いつきもしなかった。
もっとも、当時の自分は精神的にもずいぶん子供だったと思うので
そんな自分に、カフェに憩う人たちの様子など
どこまで観察できたかはおおいに疑問ではある。

それにしても、ロンドン・パリ旅のたくさんの写真や資料・・・。
二度の引越しでどこへやってしまったのか、まったく記憶にない。
果たして“捨て魔”の失敗はこういうところに出るのである。


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by team-osubachi2 | 2011-12-22 08:20 | 人を描く | Comments(4)

私が自分と向きあうということをはじめたのは・・・、
というより、イヤでも自分と向きあわざるを得なくなったのは、
40才をひとつふたつ越してからだ。
それまでの私は、自分のことが誰よりも大好きだと思っていたのに、
自分の中に発見したものは、自己否定や強烈なコンプレックスを抱き
過去に受けた傷を抱いたまま、長い間私に置いてけぼりにされた私自身だった。
思いもしないことだった。

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いつごろからだったろうか、結婚をはさんで人生が大きく転換してのち
絵を描く自分の中に、ある怖れ・・・というのか、
何かを「怖がっている自分」というものを感じるようになっていた。
まるで迷路にはまり込んだような感じもしていた。
一所懸命に前へ進もうと思うのに、
どうして私はこんなにも腰がひけているのだろう?

そう自問自答をくり返すうちに、つい先日のこと
自分の絵について、人と話していて急に「ハッ!」となった。
そうか、そうだったのか・・・!と
自分がいったい何を怖がっているのかをはじめて悟ったのだった。

頭ではとっくに理解していたハズのこと(その怖れの元)を
私自身、どうも心ではずっと受け入れられずに拒み続けていたようなのだ。
私は、拒否し続けている私自身にまったく気がつかなかったんである。

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誰しも心の奥にある「開かずの間」を開けるのは怖いものだ。
けれども、ほんのちょっぴり勇気を持って、真正面から扉を開け、
不安や怖れの元であるその正体をしっかりと見て
(実はそれが自分にとって一番ムズカシイことだったりするけれど)
あるがままの自分を受け容れてみると、案外気持ちはスッキリとして、
不思議なことに心がだんだん落ち着いてくるんである。

長い間、自分の中に放ったらかしにしてきた自分自身の心の訴えを
ひとつ現れてはひとつ聞いてあげ、
またひとつ浮かびあがってはひとつすくい上げる・・・
といったような作業をこの数年続けている。

そうしてあらたに知った絵を描く自分のこと。
ここいらでまた一から出直す覚悟で、トコトコ前へと歩いていってみようか。
まだちょっとばかりへっぴり腰みたいだけど、
今度はちゃ〜んと私が私をしっかりとサポートする気持ちで・・・。


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by team-osubachi2 | 2011-11-04 00:25 | 人を描く | Comments(4)

昭和56年、あの事故が起きるまで「週間文春」に掲載されたという
向田邦子さんのエッセイ『女の人差し指』で、
ことに好きだなあ〜と思うのが『桃太郎の責任』という一編。

文の出だしから軽快で、言葉のリズム感が緩急自在。
まるで映画かドラマを見るように、情景がスラスラ浮かんでくる。
(そりゃあ脚本家でいらしたんだから、あたり前かもしれないけど)

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ーーーベルの音が荒っぽいと、受話器をとるこちらの手つきも
邪険なものになる。
「向田です!」
「あたし・・・」
女の声である。
女として気働きがないせいであろう、私には「俺だ」といって
電話をかけてくる男友達はいない。ーーー

「あたし」とかかってきた電話一本で、
女性週刊誌一冊にざっと目を通せるくらい
オンナの話には省略はないと書いてあるが、
どちらかといえば、私のまわりでは(自分もふくめ)、
オンナの話は脈略なく飛ぶというコトの方が多い気がする。


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電車の中で移動中にこの一編を読んでいて、
小学生のころ、祖母に連れられていったという縁日での
ごく短いエピソードに思わず笑いがでて、
にやにや顔を抑えるのに困ってしまった。

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by team-osubachi2 | 2011-09-12 12:25 | 人を描く | Comments(2)

向田邦子「嘘つき卵」

今年は向田邦子さんが亡くなられて30年になるそうだ。
・・・そうか、だからいろいろと特集が組まれているのか、と
今ごろ気がつく私は間が抜けている。

ま、それはともかく。
先日、NHKのアーカイブスで『阿修羅のごとく』を見た。
今回初めて全話を通しで見たのだが、うう〜ん、なんてお話だろうか。
もしもリアルタイムで放送を見たとしても、こんなお話、
当時、阿呆だら一直線だった中学生の私にはとうてい理解の外だったろう。


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「男どき女どき」から『嘘つき卵』を読んで
浮かんだものを絵にしてみる。・・・やはりムズカシイ。

左知子という若い人妻は、妊娠するという
女にとっては真綿のような一事に心が締められているようだ。
このお話を読んで、鶏を飼う家のために、
偽卵という瀬戸物の卵があることをはじめて知ったのだが、
物語の中で、その偽卵を思い出して、左知子は自分の卵を想う。
重く揺れる心が、何かヒンヤリと固いものにあたるような様は
出産適齢期の既婚女性(もしかしたら未婚であっても)の
時代に関係なく共通した心模様・・・かもしれない。

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お話の後半で、左知子は思いがけない行動をとる。
女の心は、深いもやに包まれているときには、
自分でも説明のつかない動きをしてしまうことがあるようだ。

そのもやが晴れるとき、女によっては本来あるべきところに、
または、自分の都合のいいところに帰着しさえすれば、
自分がとった思いがけない行動なんて、すべてチャラになるんである。
『阿修羅のごとく』に出てくる四姉妹にも共通している。
人それぞれに程度の差こそあれ、
女ってそういう生きもの・・・なのかもしれない。

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by team-osubachi2 | 2011-07-23 15:58 | 人を描く | Comments(4)

天花粉の匂い

歩みののろい台風6号のおかげで、
久しぶりに雨の恵み・・・といいたいところだが
南から吹き込むものすごい湿気で、不快指数がめちゃめちゃ高い。
梅雨があけて一気に暑くなったのを合図に、
今年も、肘の内側にあせもをこしらえてしまった。あ〜あ・・・。
放っておくと悪化してかゆみも起こるし、見栄えもすこぶる悪い。

ふと、子供のころ、しょっちゅう天花粉の
お世話になっていたコトを思い出した。
天花粉というコトバとともに思い出すあの匂い・・・。
ついでに、寝間着として着せられていた
クレープだのサッカーだのといった夏の綿布の手触りまで思い出す。
お風呂や行水をつかったあと、真っ黒に日焼けた首まわりを、
まるで衿おしろいみたいに白くして寝るのが常だった。
クーラーなんてものがなかった昭和40年代の田舎のことだ。
きっとどこのおうちでも、みんなそうしていただろう。
今も子供がいる家庭ではそうなのだろうか・・・?



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何十年ぶりかで天花粉を買った。
お風呂あがりに、まず馬油をあせもに塗り込んでおいて
天花粉を薄くはたいてから寝る。
ついでに首まわりもサラサラと粉をはたいてから寝る。
ほわんと匂うたびに、むかしの記憶が淡くよみがえる。

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by team-osubachi2 | 2011-07-19 23:40 | 人を描く | Comments(4)

向田邦子「鮒」

このあいだ猫をテーマに、ドキュメントとドラマを混ぜ合わせた
テレビ番組で、向田邦子編を見た。

向田さんが事故で亡くなられたとき、
まだ富山で高校生だった私は、向田邦子という人の名前を
うっすらと知っている程度で、ドラマも小説もまるで知らなかった。
向田作品に触れたのはもっと大人になってからだ。


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先月、はじめて『鮒』を読んだ。
自分なりにいろんな経験(さまざまなバカも含め)をしてきて、
この年齢でようやく味わえるものがなんてたくさんあるのだろうか、と
あらためて向田さんの作品の面白さを感じている。

ーーー鮒吉はひどく考え深そうな顔に見える。
『おれはなんでも知っているんだぞ』
と言っているようだ。ーーーーーーーーーー

家庭ではそんなコトはしないだろうオトコが(よその)オンナの前で、
一糸まとわぬ素っ裸で太極拳のマネなんかして、オンナを笑わせ、
そのままふざけて抱き合ったのも、この鮒は見ているんだぞ・・・と
そんなことが書いてあって、ヌメリとした雰囲気の中で、
思わずクスッとなるあたりが好きだ。
うまいなあ〜!と思う。
テレビ番組の中で、加藤春子さんや吹雪ジュンさんらが
向田作品のオトコの描き方が、ダメなとこや猾いとこなんかも含め
「かわいい」と言っていらしたっけ。

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この春から、自分の主題として追いかけてみようと思ったのが
向田邦子さんの世界だ。
ムズカシイのはハナからわかっている。
それでも、一年かけて追いかけてみるつもりだ。
これは私の、自分に対しての、ささやかな挑戦なのである。

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by team-osubachi2 | 2011-07-11 08:38 | 人を描く | Comments(10)

20年ほど前に、デザイン会社を退社して独立したさい、
四国を2週間ほどぶらぶらと旅して歩いたコトがある。
いまから思えば、お金はなかったけれど
なんて時間に贅沢な旅をしたものだろう!と感心する。

そのおり、高松からフェリーに乗って、
一日小豆島をゆっくり見てまわった。
そこではじめて「岬の分教場」のある
映画『二十四の瞳』のロケ地へも行ってみた。
現在はそこそこの立派な映画村になっているようだが、
自分が訪れたときの記憶では、田舎らしい古い木造校舎がぽつんとあるだけで
平日で人もいない小さな校舎や運動場から
道をへだてて向かいには瀬戸の海があり、浜辺へおりて行くと
たださざ波の音だけが静かに聞こえるのどかな場所だったように思う。


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DVDでも幾度となく見ているが、先日BSで放送された
映画『二十四の瞳』をあらためて見てみた。
大阪へ行っているはずのまっちゃんが、こんぴらさんの参道わきの飯屋にいて
修学旅行で訪れていた大石先生とはからずも再会し、
港の堤防を泣きながら、大石先生や同級生たちを
陰ながらに見送るシーンは何回見ても泣いてしまう。

どこかで読んだ話で、子どもが本当につらいとき、
この大石先生のように一緒に泣いてくれる先生がいてくれたら、
それだけで、その子の後の人生にどれだけ助けになるだろう・・・と。
いまもどこかに大石先生のような先生がいるかしら?
きっとどこかにはいるだろう。いてくれるといいなあ〜と思う。

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by team-osubachi2 | 2011-05-30 17:51 | 人を描く | Comments(2)