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建てもの観賞三昧

熊本の旅の二日目に(熊本城を見たあと)旧細川刑部邸と、
三日目に小泉八雲旧居という、二つの建物を見てまわった。

私は自分が建具職人のムスメであるせいかどうかわからないが
古い建物を訪れると、建具などを中心に、
内装やおおよその構造を見るのも私の楽しみの一つだ。

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こちら旧細川刑部邸は、三代目細川藩主の弟君の
もとはお茶屋だったのが、だんだんに手を加えられて下屋敷になり、
時代が下って明治に入ってから本邸になったというお屋敷だそうだ。

団体客がやってくるような場所ではないのか、
熊本城の内では、訪れる人も少ないのだろう、
ことに師走という季節もあってか、門のあたりもひっそりとして、
綺麗に掃き清められている門の内にひっそりと咲く寒菊がきれいだった。

お屋敷の中は、もとがお茶屋からはじまっているからか
武張ったようなところはなく、とても簡素で風雅な印象だ。
明治期ともなれば、もとは細川家家臣の上級武士といえども、
ずいぶんと簡素な暮らしぶりだったかもしれない・・・。
いまはまったく人気のない寂し気なお屋敷だった。

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さて、ところかわって、こちらは熊本市の繁華街のすぐ脇にある
小泉八雲が1年ほど住んだというお家だ。
小泉八雲といえば松江というイメージが強いけれど、
へえ〜熊本にも住んでたんだ・・・。

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横に細長い玄関からあがり、簡素でスッキリとした奥の座敷に入る。
縁側のガラス戸の向こうにも小体なお庭があって、よく掃き清められていた。
もともとは目の前の鶴屋デパートの一角にあったのを
現在の場所に移築したそうだけれど、丁寧な仕事がしてあって、
建具の手入れもよく、釘隠しの鶴がとても格好よかった。

ふう〜ん、建物も室内も簡素で、明治時代の肥後の町中では
ちょっといいお家ってこういうカンジだったのだろうか。
ん〜いいなあ、好きだなあ、落ち着くなあ〜・・・。

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ところで、肝心の作品といえば、チョー有名な「耳なし芳一」と
今は懐かしい英語教科書にでていた「むじな」しか知らないのだけれど、
座敷にあった石油ファンヒーターの前に座っていたら
ふと、むかしNHKで、小泉八雲のドラマを見たのを思い出した!
詳しい場面はほとんど覚えていないけれど、
たしか・・・そうそうジョージ・チャキリスさんと
檀ふみさんが主演していたドラマだったと思う。

ごく小さな建物の中で書籍好きの相方と、のんべんだらりと
座敷に座ってみたり、写真を撮ったり、展示資料を見たり
本棚をそっとあけて古い英語版書籍を眺めたりして
1時間ほどもそこで過ごしていたら、なんだかにわかに興味が沸いてきて、
受付で買える小泉八雲の本を何冊も買ってしまった。
(復刻版の紙製玩具「お化け行燈」もついでに買っちゃった)

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小さな旧居を出てから商店街を歩き、朝鮮飴で有名な「園田屋」という、
なんともいえず素敵な古い建物でお土産も買ったりして、
建てもの観賞三昧をしてから熊本を発ち、帰路についた。

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師走の慌ただしい最中だったけれど、行けて本当によかったと思う。
今回の肥後熊本の旅に、まんぞく、まんぞく!

旧細川刑部邸
http://www.manyou-kumamoto.jp/contents.cfm?id=436

小泉八雲熊本旧居
http://www.city.kumamoto.kumamoto.jp/kyouikuiinnkai/bunka/102_koiz.htm
by team-osubachi2 | 2010-12-22 23:44 | 旅をする | Comments(2)

熊本城の石垣

旅の二日目18日の土曜日は、
熊本市内へと移動してから、まず熊本城をまわった。
学生のころから歴史小説が大好きで、その歴史的眼鏡と妄想力(?)のおかげで
訪れる先がどんな地味であっても、充分にその場所を楽しめるのだが、
こんな超メジャーな観光地では、ことさら歴史に興味がない人であっても
あの立派な天守閣の偉容を見ただけで、
観光するという満足感を得られる場所ではないかと思う。

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そういう私も、熊本市内を歩いていて、街中のあちらこちら、
ビルとビルのすき間から、ちょっとでも高い天守閣が見えると、
見えるたびに「おお〜おっ!カッコイイ〜!」と感動してしまう。
このお城は肥後の國の、熊本の街の、まさにシンボルなのだなあ。

ホテルに荷物を預けて、そこからほど近いところにある
櫨方門(はぜかたもん)から城内に入った。

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私がここで一番見たかったのは、なんといっても石垣だ。
美しいカーブを描いてせり上がってゆく隅石の角を舐めるように見上げる。
う〜んん、なんと見事な石垣だろうか!・・・と、ウットリする。

残念ながら、歴史は好きでも、お城の世界には無知なのでよくわからないが、
関ヶ原の合戦とそれ以降の時代、当時の名だたる武将たちによって
たくさんのお城が築かれたのだろうとは思うけれど、
あてずっぽうに言うと、こんな大きな天守閣を築くようになったのは
織田信長公の時代ぐらいからではないのだろうか?
信長公のそれより以前の時代、上杉謙信公の春日山城は
お山の上に築かれているせいもあり、こんな途方もないほど立派な石垣はなく、
むしろ山の斜面に残っている土塁がリアルだったのを思い出す。

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清正公が築いた勾配の揺るやかな石垣(写真右側)の、その同じところへ、
細川時代に急勾配の石垣(写真左側)が加えられたという
「二様」といわれる部分を見ると、時代を追って石工たちの技術の向上と
組み方も洗練されていく様子がわかるようになっているそうだ。

熊本在住の知人によると、「この築城に携わった肥後の石工たちの技術が
九州のあちらこちらに今も残る石橋に受け継がれているのだと思う」
と言っていたけれど、なるほど、そういうこともあるかもしれない。

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そして、石垣をたっぷりと楽しんでから天守閣に上ってみた。
(まあ、内部の展示もざっとだけ拝見し、新築でキラキラな本丸御殿はパスして)
前々からこの天守閣からの眺めもぜひ見てみたい!と思っていた。
なぜなら、ここから見る肥後の山々の景色こそは、
寸分違わず築城当時そのままの景色だから・・・。

時代とともに、領主をはじめ、城の規模や建物や、
城下の様子や人々の暮らしぶりがどんなに変わろうと、
そういうことにまったく関係なく、
そこに在り続ける不動の山々の姿を見ながら、
はるかな古に想像をめぐらすのが、私はとても好きだ。

熊本城公式ホームページ
http://www.manyou-kumamoto.jp/castle/
by team-osubachi2 | 2010-12-21 00:10 | 旅をする | Comments(4)

阿蘇は今も活きている

先週の17日から二泊三日で熊本へ行ってきた。
朝、羽田を出て、阿蘇くまもと空港に着いたのが金曜の正午ごろ。
それからレンタカーで、まず向かったのが阿蘇山だった。

阿蘇は、私が学生のころ、航空会社の企画ポスターを制作する課題で
九州の阿蘇を描いて以来、いつか見てみたいと思い続けてきたお山で、
四半世紀たって、やっとそれが実現したのである。

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今もモクモクと活きている阿蘇のお山は、
私が生まれ育った富山の北アルプスの山々とはまるで異なり、
山のてっぺんから優雅な曲線を描いて裾野をおおきく広げ、
とても滑らかなその山肌は、まるで
ベージュのビロードに覆われているかのようだ。
ふもとから見上げる阿蘇の雄大な眺めに
あ〜あ、いいなあ〜!を連発し、キモチがわくわくした。
♫♪あ〜そ〜は広い〜な、大き〜いな〜・・・♫♩♪

しかし、おりからの寒気が九州にも入り込んでいて、
空も、雲間から漏れる日差しも、なんだかめちゃくちゃ冷たそ〜!
この日の阿蘇の予想最高気温は零度。
火口の頂にはうっすらと雪が積もり、
溶岩が冷えて固まった大地の割れ目のあちこちに溜まった水が
どれも白い氷になっていて、午後になっても溶けずにいた。

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この寒さに加えてシーズンオフであるにもかかわらず
思いのほか、火口付近にはたくさんの観光客が訪れていた。
その大半が、韓国や中国からの団体さんで、見れば事前連絡があったのか
みんなダウンや帽子やマフラーを巻いて防寒対策の格好で
駐車場から火口付近へいくロープウェイに乗り込んでいる。

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相方と私も、この日のために多少は防寒着を準備したものの、
気温が零度かそれ以下では、わずかな風でもすぐにカラダの芯が冷えてきて
とても長く留まってもいられず、ひとしきり周辺を歩きながら
今も活きている「阿蘇のお釜」の様子を楽しみ、
ふもとの日帰り温泉でカラダをよ〜く温めてからお山を降りた。

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阿蘇のお山は、熊本のベタな観光地なのだろうけれど、
その自然のあるがままの姿は、本当に美しくて雄大で、
そして、非情なくらいに厳しい様は、
自分の貧相なコトバなんかではとても言い表せない。

どんなにメディアが発達しても、
実物を見ること、触れることでしか感じることができないものが
まだまだいっぱいあるって、なんて素敵なことだろう!
なんて豊かなことだろう!と思う。
人は、だから、旅をするのである。
by team-osubachi2 | 2010-12-20 00:09 | 旅をする | Comments(8)

与論島の芭蕉布

与論島の3日目は朝から雨だったので
借りた車で、島の南東部をドライブした。
地図を見ていたら、「与論民族村」というものがあったので
寄ってみることにした。

道路から少し奥まったところに入り口があり、400円支払って中に入ると
与論島の伝統的な民家や小屋が肩を寄せるようにして数棟建っていた。
当主の菊 秀史(ひでのり)さんが、一棟一棟移動しながら
古くからの暮らしぶりをお客に説明してくれた。
そのあと、売店の横でお茶をいただきながら
菊さんからさらにいろんなお話を聞いてみたところ、
なんと、この小さな村は、菊さん一家が家族で経営している施設だった。

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菊さんは熱心に、自分という人間が
どういう土地で、どういう祖先で、どういう言葉や文化の中で育ったかを
ひとり一人知っておくべきだと言う。
それでこそ、実社会で、または外の世界でしっかりと生きてくための
基盤ができるのだという。う〜む、まったく同感だ!
(・・・なんて、あんまりエラそうなコトは言えないけど)

いまの与論島の子供たちやその親の世代ですら、
島の伝統的なものを知らないということに
菊さんは強い危機感を抱いているようだった。
継承の難しさを日々感じながらも、自分に出来る最善のことをしようと
奮闘なさっているように見えた。

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菊さんとのおしゃべりのあと、売店をのぞいていたら
壁際のガラス棚に、与論島で一軒だけ織っているという芭蕉布があった。
織り手のおばあさんの紹介記事を見ていたら、
雑誌で紹介されているのを思い出した。
そうか!あの菊 千代さんは、ここのおうちのおばあちゃんだったのか〜!

おばあちゃんから引き継いで芭蕉布を織っている
菊さんのお嫁さんからも芭蕉布のお話をいろいろ聞いた。
「銀座にも出してるんです」と言うので
「どこだか知ってます。『もとじ』さん、ですよね」。
見本として置いてある反物や帯をひろげて見せてもらい
触らせてもらって、しばしウットリと魅入った。

いまや首都圏の暑さは、南の島々よりも凄まじい。
きっと、日々ザブザブと洗った芭蕉布が快適な暑さだ。
与論島にじかにお願いすれば、銀座よりうんとお得に出来るのだろうけど、
とても私なんかが手を出せるような代物ではない。
その手間と時間と労力の値段は、それでも報われることが少なく、
糸から反物にするまでを継承する人がいなくなる現状を思い、
ため息まじりに欲を手放した。

せめてもの土産にと買って帰った
車輪梅で染められた麻のタペストリーを壁にかけて眺めては
与論島の芭蕉布を思い出している。

与論民俗村
http://www.yorontou.com/minzokumura/index.php
by team-osubachi2 | 2010-08-05 00:31 | 旅をする | Comments(2)

縁は異なもの味なもの

人にはそれぞれ、偶然のような思いもかけない出会いがあるように、
私にも面白い出会いがこれまで数々あったけれど、
今回は、鹿児島県の最南端の与論島でそんな出会いをした。

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与論島についたのが昼すぎだったので、ホテルをでてから
どこでランチにしようかとブラブラ歩いていたら、
ちょうど良さげなイタリアンレストランがあったのでそこに入ってみた。

おいしいパスタでお腹を満たし、他のお客さんがひけたところで、
マダムに島のお天気をきいてみたのだが、その会話がはじまりで、
何故かそこからどんどんと話が広がっていき、
ひょんなコトから、このご夫婦が、むかし渋谷でお店を出していた頃に
なんと私のイラストの師匠・灘本唯人先生と親交があったということがわかり
「えええ〜〜っ?!」とお互いビックリしたのだった。

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このイタリアンレストラン「アマン」のご夫婦は
きけば東京、イタリア、札幌、そして3年ほど前に
ポッと訪れた与論島がすっかり気に入り、
それからすぐに移転して現在のお店を開かれたそうだ。
持って生まれた星と、きっと非常に気さくな人柄もあるのだろう、
全国さまざまな人たちと交流があるようなお二人だった。

しかし、東京と与論島と、なぜか灘本先生を介してピンポイントでつながり、
ご夫婦からは親切にいろいろと食べるところや
(今度来るときに)おすすめの宿や、
海遊びに向いている磯などを教えてもらい、
さらにお二人のご好意で、車を二日間にわたってお借りして
島のあちらこちらを見てまわるコトができた。

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「アマン」のご夫婦の紹介で知った、すぐ近くの「海カフェ」は、
茶花漁港を見下ろす丘の上の地中海風の建物の中にあり、
かわいいカフェ女子が一人でやっている、とっても居心地のいいカフェだ。

コーヒーもそのつど豆からひいているようで
アイスカフェモカも香ばしくて、とてもおいしかった。
屋内もいいが、雨が降らなければ緑のあふれるテラスでまったりするのもいい。
そののんびり感がキモチよくて、
また泊まったホテルからすぐそばだったせいもあってか
結局帰るまでに3度も足を運んだ。
与論島に行く人があれば、ぜひおすすめしたいカフェだ。

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島の北西部にあるホテル&レストランの「ヨロン島ビレッジ」の中にある
「たら」というレストランでは、
ランチに鹿児島名物のおいしい鶏飯(けいはん)が食べられる。
で、次の日も「たら」へお昼を食べに行き、
今度は油そうめんという、もずくと素麺を炒めて
あたたかい鶏ガラスープをかけまわした素麺もおいしかった。

この「たら」で100円で売られていたドラゴンフルーツを
一個買ってホテルで食べてみたら、とても新鮮でおいしかったので
翌日も行ったときに、また一個買おうとしたら、おかみさんが
「続けて来てくれてありがとう。せっかく来たのに雨が降っちゃってねえ」と
さらに一個おまけしてくれた。わ〜い!

結局お天気には恵まれなくて、海に入れたのはわずか半日だけだったけれど、
その分だけ、雨の中を散歩したり、島の人たちに親切にしてもらったりして
のんびり楽しい時間を過ごすことが出来たかもしれない。
まぁ、暑い夏なんだし、こんな旅もいいもんだ。

アマン
http://www.lares.dti.ne.jp/~fuente/aman/
海カフェ
http://www.churashima.net/shima/special/cafe/okinawa/umi_cafe/index.html
ヨロン島ビレッジ
http://yorontouvillage.jp/
by team-osubachi2 | 2010-08-04 09:25 | 旅をする | Comments(0)

与論島へ

あれ?と思っている間にもう八月だ。
毎日暑いなあ〜。ホントになんて暑いんだろう!
先週、三泊四日で鹿児島県の最南端にある与論島へ行ってきたのだが、
亜熱帯化している首都圏よりも、はるか南の与論島の方が快適だった。

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行きは那覇空港を経由して、プロペラ機で与論島へ向かった。
乗り物酔いしやすいくせに、飛行機というものが好きな私には
これがはじめてのプロペラ機体験だ。

飛び立ってじきに雲のかたまりの間を縫うようにして
飛んでいく様子に胸が踊った。
綿菓子のように真っ白なかたまりの一つにぶつかると
とてもわかりやすく機体が揺れる。わあ〜い!
なんだかナウシカになったみたいで酔うどころではなかった。
この日のフライトはお天気も安定していて、私たちが乗った機体は
無事昼過ぎに与論島のちいさな空港に到着した。

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飛行機を降りると、思ったほど暑くはなくお天気も曇り気味だった。
ホテルの送迎の人にきけば「今週はあいにくの天気みたいで」という。
ありゃりゃ〜。

でも、ホテルに着いてみたらば、さらにありゃりゃ〜というカンジだった。
どことは言わないでおくが、
まるで昭和40年代のヘルスセンターの宿泊施設が
そっくりそのまま風化したようなホテルだったのだ。
ロビーは全体がおんボロ状態で、雨の日にはなんと
二カ所ほど雨漏りがして、青いバケツが登場するという有様だ。

部屋の様子もそれなりに哀しいものがあったけれど、
ベッドは別に湿気てはいなかったし、
洗いたてのシーツはピンしゃんとしていたし、
シャワーカーテンもカビてはいなかったので、
家具やタオルや毛布のボロさは、いっそのこと笑いとばすことにした。
もしも新婚旅行で来たとしたら悲惨だったかもしれないが
なんだかんだ、それなりに楽しく快適に過ごすことが出来たのだから、
まいっか〜。

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地元の人たちにきいたところ、与論島は
基本的にはサラリと乾いた風が吹くキモチのいいところのようだ。

残念ながら、お天気にはあまり恵まれなかったため、
地元で知り合った親切なご夫婦の好意で、その家の車を借りて
雨が降ったり曇ったりする中、島をぐるりと巡ってきた。
島は1時間もあれば一周できるくらいの大きさだが、
映画「めがね」のロケ地にもなった磯や浜辺がいくつもあり、
なによりも珊瑚礁に囲まれた海が本当にホント〜にキレイなところだ。
う〜ん、惜しい!これでお天気さえよければなあ〜。

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さらに地元の人の話によると、
島の東側に幽霊がよく出る通りがあるという。
感の強い人などは通れないくらいだとか・・・。
きけば太平洋戦争末期、沖縄本島の北隣にある与論島にも
沖縄戦の余波として、日米双方の多くの兵士の亡骸が流れ着き、
島の人々によって埋められたのだそうだ。
ちいさくてのどかな島にも、いろんな歴史があるのだった。

結局、海に入れたのはわずか半日だけだったけれど、
思いもしない出会いがあったり、島の人のおはなしをきいたりして
さまざまなご縁と感謝を感じた旅だった。
もしもまたいつか行くことがあれば、
今度は太陽の下の青いあお〜い海を見てみたい、かな。
by team-osubachi2 | 2010-08-03 09:09 | 旅をする | Comments(4)

6月4日に上海入りして、3泊4日の視察旅行も
アッという間におわった。
私にとっては二度目の中国旅行で、
いわゆる中原の都市というものを見たのはこれが初めてだったけれど、
上海という街はきっと中国であって中国でない、というか、
うまく言えないけれど、「上海は上海」という
ある意味、国家からも独立した都市なんだろうな、という気がした。

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上海という街は、実にエネルギッシュで、やかましくて空気が汚いうえに、
人もフツーにうるさくてあつかましくて、なかなかスゴかった。
初日に少し歩いただけで、そのあまりに強烈なエネルギーにやられてしまい
モ〜イ〜ヤ、モ〜充分味ワッタカラ、モ〜イ〜、アタシ
と言いたくなるくらいヘロヘロになったものの、
一日二日と時間がたつごとに喧噪にも慣れてきたのか、
市井の人たちの姿も少しだけ見て取れるようになると、
この街はこの街でやっぱり面白いところもあるな〜と思えるようになった。

f0229926_23335452.jpg←撮影O嬢

けれども、今回の旅で発見したのは、
たとえどんなにそれが面白くて魅力的な街であっても、
自分がそれを「好きかどうかは別」というコトだった。

f0229926_23344170.jpg←撮影O嬢

同じ中国でも、前に行った新彊ウイグル自治区は違った。
タクラマカン砂漠という辺境の地域を旅したときの方がハッキリと好きと言えた。
想像以上に過酷な環境の中で生きる人々の、貧しくても誇り高く、
それゆえに頑固なところもあるけれど、心根の穏やかさや
家族思いの温かい様子が自然と感じられるところの方が、私は強く惹かれる。

・・・なんてブッてみたところで
要は、単純に、都市よりは田舎が好きなだけかもしれないけれど
海外旅行で同じところへ行くなんてコト自体そうそうあるもんじゃない。
どんな旅も、一期一会が基本だ。
自分で見たもの、経験したこと、感じたものは大切にしたい。

f0229926_23351948.jpg←撮影O嬢

今回の旅は、制作したロボットさんのおかげで
アニメーションという仕事の面白さや大変さをじかに学ぶことが出来た上に、
しかも海外での放映を見届けられて、貴重な体験をさせていただいたと思う。
望外のことだ。
野村監督をはじめ、お世話になったロボットの方々に心から感謝したいと思う。
(写真の掲載をオッケーしてくれたO嬢にも感謝デス!)
皆さま、このたびの一件では本当にお世話になり、ありがとうございました!
いつの日かまたお会い出来るのを楽しみにしています。

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やっぱりね、たまには旅に出るのもいいもんだ!
さて、次はいったいどこへ行けるかな〜???
by team-osubachi2 | 2010-06-16 00:14 | 旅をする | Comments(0)

豫園の中にある茶館でおいしいお茶を味わったあと、
園のすぐ横にある湖上(というより池の真ん中ってカンジ)の茶館で
野村監督と営業S氏と合流したのち、商城をしばらくひやかしながら歩き、
2台のタクシーに別れて、泰康路という
小さな路地商店が密集するホットな区域に向かった。

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泰康路に到着すると、その一角にある田子坊という路地に行ってみる。
いろいろ話題の場所でもあるのだろう、
洒落た雑貨店やギャラリーが小路にひしめいていて
観光客がわんさと押し寄せてにぎわっていた。
いい場所にフォトギャラリーがあって、
チベットを撮ったモノクロームの素敵な写真がたくさん掛かっているお店もある。
こーゆーのは、外国人、それもおそらく
西側の人たちにウケがいいんだろうなぁと思った。

ふと見ると、あふれる観光客のすき間に、
この通り添いに住んでいるようなお爺やお婆、
小さな子供やそのお母さんたちの姿が見える。
ここもまた、お洒落な小商いの店の奥や建物の二階は生活空間だ。

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原宿の裏通りと同じように、
この辺り一帯にも前々から住んでいる人たちがいるけれども、
その住人たちにおかまいなく、いつの間にかこんな風に
若い人たちがわんさかと来るような街になってしまった・・・
と、ご老人たちは思ったりしているのかな。

路地の一角で、ベンチに仲良さそうにおしゃべりしていたお婆たちがいて、
雑踏の中で、そののんびりした様子がよかったのだろうか、
金髪の青年が身振り手振りで「写真を撮っていいですか?」と訊いていたけど、
お婆たちは、そんなコト恥ずかしくてとんでもないといった風に、
笑いながらも手振りで断っていた。

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途中、見晴らしのいい3階屋上のあるカフェで一休みしたのち
二手にわかれて、買い物女子組と、ホテルにいったん帰る組に別れた。
が、夜はまたロビーで集合し、上海最後のベタな夜を楽しむべく
みんなで出かけた先がある。上海雑技団のショーだ。

(閑話休題:国際的に有名な都市で、市内の移動にかかせない交通費が
こんなに安くてすむ街はめずらしいのではないのだろうか?
地下鉄の短距離料金は3元から、タクシーの初乗りが12元という安さだ。
*6月14日現在1元=約13,4元

なので、旅の後半はもっぱらタクシーを利用したけれど
問題は、行き先を見せても「?」という顔をして
指定場所がわからな〜いということで、別のタクシーを探す羽目になったり、
ホテルに戻ろうとしてネームカードを見せても
大概のドライバーは老眼で小さな文字を見にくそうにする。

またとても面白かったのは、地図を読むということがない人々には
地図で説明しても無駄だ!というコトだった。
ドライバーの多くは、住所か建物の名前を見て発進していた。
彼らの頭の中で、上海の路はどのようにつながっているのだろう?
地図好きの私は、そんなところにも興味がわく)

今回監督のセレクトで見に行ったのは、いくつもある雑技団の中でも
クラシカルなタイプらしい「上海雲峰劇院」というところで、
ホテルから劇場まで向かうのに、まず、監督や私のグループは、
上海雑技団の上演する場所を知らないタクシーに2度もあたってしまい、
3度目でやっとなんとなくわかるドライバーにやっとあたるも、
どこをどう走って、「この近くだ、近く」と言われて降りた場所は
自分たちには判別がつかないところだった。
イッタイココッテドコヨ?劇場ハドコヨ〜???

が、交差点を渡ったところに上海万博案内のボランティア・テントを見つけ、
これさいわいと、そこで道を尋ねると、劇場はどうも近いらしいが、
その場所を早口でまくしたてるおばちゃんの横から、
その時スッと「日本の方ですか?」とスラリと細身で
爽やかな様子の女学生があらわれ、キレイな発音の日本語で助けてくれた。

そのうえ説明が把握しきれなかった私たちのために
道の曲がり角までわざわざ案内してくれたおかげで、
無事、先に行った仲間と劇場前で合流でき、
なんとか開演したばかりの座席までたどり着くことが出来た。感謝。

f0229926_11235483.jpg←撮影O嬢


有名な上海雑技団の演技は初めて見たけれど、
写真なんかで見るよりもやっぱりライブの面白さがあって、
スゴ技には声をあげてしまうし、危うそうな演技には
失敗しやしないかとハラハラドキドキさせられる。
お客は正直だ。良くも悪くも、いかにも中国らしい演出のことはさておいて
パフォーマンスの出来がいいと、みんな興奮して歓声をあげていた。

舞台がはねたあと、団体客らと記念撮影する団員の姿や、
舞台メイクと衣装のまま、ロビーでDVDをさかんに売り込む団員たちの様子も
ベタで見てみると、さっきまでの、強い照明を浴びながら
危険ぎりぎりのところで花火のように輝いていた姿から一転して、
サーカス人や舞台人ならではの影のようなものというのか、
生きてゆくための苦労や悲哀のようなものが、
まだまだ若い彼らの肩のあたりに
すでに乗っかっているような感じがした。

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想像以上の満足感をもって見終わったあと
すぐ近くのレストランで上海最後の夜の宴をひらくことになり、
今回の旅のことや、この数日の感想や、ちょこっとだけ仕事の話やなんかを
参加者7名みんなでわいわい飲んだり食べたりしながら、旅を打ち上げた。
すこぶる楽しい晩だった。

上海雑技団観賞
http://www.miryokushanghai.com/info02.asp?gclid=CJ_x6tbInqICFQscewod3Gqayw
by team-osubachi2 | 2010-06-14 12:16 | 旅をする | Comments(2)

今回の旅の主目的である万博視察を無事に終えた翌日の6月6日(日)、
参加メンバーの女子5人で、風雅な庭や建物やお土産見たさに
「豫園(ユゥユアン)」というところへ出かけてみた。

タクシーから降りてまず見たものは、
いかにもな中華的建築の楼閣が連なるところで、
一帯は、まるで週末の竹下通りに負けないくらいの観光客であふれかえっている。
まさに「豫園商城」と呼ばれるにふさわしい光景だ。
ココハ上海ノ中華街ダ〜!(?)と、阿呆なことを思ったりした。

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私たちは買い物よりも、まずは豫園に入ることにした。
明の時代のあるお役人が父孝行のために造ったという庭園で、
豫園(よえん)とは、
「老いたる親を安らかに喜ばせる」という意味だそうな。

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地図を見ると広大な庭を想像したのだが、
実際は、小さな館と池があちこちにたくさん設営されていて
その間を迷路のような小径がはりめぐらされている、程の良い小ささの庭園だった。
園内にも観光客はたくさんいたものの、
ここではなぜかみんな自然と穏やかになるのか、
わりあい静かに、キモチよさげに見学していた。

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けれども、入園の際に手に取った案内図はわかりずらく、
館には看板が見られない。
私たちは、自分がいまどこにいるのかわからないままに歩いていたら、
案内係と思われる番号札をつけた若い女子に声をかけられた。

「日本の方ですか?こちらの建物の中でお茶が飲めますから
よかったら飲んでいってください」と日本語でいうので、
窓を覗いてみると本格的な茶席がいくつか設けてあって、
何人ものお客さんがすでにお茶を飲んでいる。
「せっかくだし、私たちもお茶しましょうか」といって一休みすることにした。

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この茶館は、園の北東の角にある「蔵宝楼」というところで
10種の中国茶を、初回は無料で飲ませてくれるという。
(2回目からは有料なんだそう)
お茶を煎れる若い女子の横に、濃いピンクのポロシャツを着て
キリッと才女の風をした美女があらわれて、流暢な日本語で
10種のお茶について細かく説明してくれる。

1−甘辺:脂肪が増えるのを抑える、万人向き
2−金蓮:肝臓に効く、酒飲みの人向き
3−霊芝:抗がんや解毒に似た作用、免疫をあげる
4−青花:糖尿病向き、血糖値を下げる
5−甜茶:急性/慢性鼻炎、花粉症対策に
6−留留:自律神経失調症などに、安眠をさそう
7−玳玳:カラダをあたため、冷え性や関節痛に効く
8−黄仙:便秘や痔、消化不良など腸によくはたらく
9−黒玉:脳梗塞、高脂血症、動脈硬化などに効く、別名を親孝行の茶
10-皇羅:疲労回復、強壮・強精、更年期障害、免疫力をあげる

10種の茶葉を、それぞれガラスのケースから取り出して
本寸法の煎れ方でふるまってくれる。
青い花や黄色い花の茶、チベットで採れるのに海藻の香りがする茶など
見るのも初めてなら、飲むのも初めてというお茶が多かったけれども、
なんとこれが一煎一煎、香り豊かでホント〜に美味しかった!

お茶女史は、ひとつひとつ効能の説明から煎れ方まで教えてくれて、
さらに話をきけば、これらの茶葉を
茶筒一缶につき200元で売っているのだという。(*6月11日現在1元=13,4円)
しかもいま自分が飲んだ茶葉を、目の前で、
茶筒のフタがキッチリしまらないほどに詰めてくれるという。
それぞれの茶葉は冷蔵庫でなら4〜5年は保存ができ
ほんの少量の茶葉で充分飲めて、湯さえ出し切って冷蔵庫にしまっておけば
翌日、翌々日まで煎れられるというのである。

花粉症で冷え性でもある私は「買えます」と聞いた瞬間から
5番と7番をいただくつもりでいた。買ウ〜!ゼッタイ買ウゾ〜!
(ちなみに、円でもドルでも売ってくれるという。
なかなか商売上手なんである)

みんなもそれぞれ2種類選んで買ったところ、
さらにサービスで、好きなお茶を無料で小缶に目一杯詰めてくれるという。
私はありがたく8番をもらうことにした。
(この8番のお茶は、このときたった一煎飲んだだけなのに
数時間後にすごくハッキリ効いたのでびっくらこいた!
おそるべし、中国の本格茶葉!)

f0229926_18315763.jpg←撮影O嬢


「でも、無理はしないでください。買わなくてもぜんぜん大丈夫。
なぜなら、私たちは営利目的でお茶を飲ませてるんじゃありませんから。
ここは国営です」とお茶女史はいう。

私たち5人は、一人600元でそれぞれ3種類のお茶をいただいたわけだが、
「これは決して営利のために売っているのではありません。
ひとつは茶葉の栽培と研究、普及、それからもうひとつは
この豫園の建物や植木の補修などにあてられます」と女史は言っていたけど
たしかに豫園のどの建物も、古いわりに瓦や塗りに傷みがほとんどなく、
庭木はよく手入れされていたから、
彼女のお話は、たぶん本当にそうなんだろうと思われた。

「お茶がなくなったら、電話や手紙で注文しても大丈夫です。
煎れ方もわからなかったらきいてください」と名刺もくれた。
「上海豫園蔵宝楼 養身茶」とある。
ガツッとしたプライドをもって「私は公務員です」と言ったお茶女史は、
朱路貨というお名前だそうだ。

もしも、これから上海へ行く人で、めずらしくて美味しい中国茶が飲みたい人や
まがいものでない茶葉を手に入れたい人は、
ぜひ、豫園の北東の角にある宝蔵楼を訪れてみてはいかが?
(ちなみに私のガイドブックにも、公式の案内図にも
蔵宝楼でお茶が飲めるという話はまったく出ていない。ナゼ?国営ダカラ?)

豫園をゆっくり楽しむなら、
入園は開園早々のはやい時間帯が良いそうである。

豫園
http://sh.explore.ne.jp/travel/yuyuan.php
by team-osubachi2 | 2010-06-11 18:44 | 旅をする | Comments(0)

上海という街は、昼は昼で面白いと思うけれど、
夜もそれなりに出歩かないと、この街の面白さは半分になってしまう。
・・・なんて、そんなことは人に言われなくても、
フツーの観光客なら99%以上の人が、夜の上海へ出かけるんだろうけど。

私たちも、初日の夜、夕方から上海入りした2名のスタッフも合流して
計7名でぞろぞろと地下鉄に乗り、チョー有名な
あのテレビ塔のある一帯へ出かけてみた。

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市内を大きく蛇行する黄浦江の東岸の一角で地下鉄を出ると、
すぐに東方明珠広場電視塔の足元に出た。
その光景は、たぶんひと昔前に描かれた未来の想像図といえなくもないけれど
でも、そこに充満していた雰囲気は、まるで大花火大会の会場だ。
ドド〜〜ン!ヒュ〜ルルルルル〜、ドバ〜ン!!みたいな・・・。

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ひとしきりテレビ塔の界わいを歩いてから、
有料の外灘観光トンネルを使って対岸の外灘地区に出ると、
目の前には、河岸に沿って照明に浮かぶたくさんのクラシカルな建物と
その対岸に見える現代の建築物の数々、
ネオンでキラキラの観光船が行き交う黄浦江がひろがっていて、
そこいら一帯は、興奮する観光客と、
様々なネオンと車両とが発する騒音とがあいまって
上海の繁華ぶりを強烈にアピールしてくる場所だった。

またそこからさらに移動して、外灘からもほど近い南京路歩行街を歩いたが、
ここの喧噪ぶりも大したものだった。
いったいどんだけの電気料を消費してんだろう?と
東京のことを棚にあげておいてから、上海の電気消費量にビックリしてみる。

漢人に共通する、腹の底から怒鳴るように喋る中国語も
雑踏の騒音の中ではいたるところでアクセントになっていて、
これがまた疲れた脳みそに響くため、クラクラしつつも
はじめての上海、ついついまわりを見ながら歩いていく。
コレガ!コレゾ、上海ノ夜デスカ〜!というようなキモチで・・・。
果たしてこれを感動というのかどうかわからないけど、
とにかく強烈なインパクトを受けたことだけは確かだった。

f0229926_13103555.jpg←撮影O嬢

旅の二日目の夜は、万博会場をほとんど補給もなしに
一人でめぐり歩いているだろう野村監督から離脱した6人みんなで
軽く食事をしたあと、浦江飯店というクラシカルで品のいい、
なんだか由緒正しそうな雰囲気のホテルへマッサージを受けに行った。

全身マッサージを選んだ4人と別れて、M女史と私は足うらマッサージを選んだ。
上海に到着してまだ二日目だったけど、およそ4万歩は歩いている足だったから
この1時間はホント〜にキモチいい〜ひとときだった。

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私を担当した施術師は、見たところまだ20代の
少しほお骨が横にはったカワイイ女子で、名前はチャン・イーと言っていたっけ。
私なりに、ごくごく片言だけ話せる北京語と筆談で会話してみた。
気楽な旅のいいところは、なんとなく通じる程度の会話でも
違う人間と接する面白さが味わえることかもしれない。
それで充分楽しかったりする。

利用した代理店のクーポンを見せて、
料金は1時間で60元(*6月10日現在1元=13,3円)という安さだった。

外灘観光トンネル
http://sh.explore.ne.jp/travel/info01.php

浦江飯店/アスターハウスホテル
http://www.shanghainavi.com/hotel/28/
by team-osubachi2 | 2010-06-09 13:16 | 旅をする | Comments(0)