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帰省の途中

東京駅から上越新幹線に乗り込み、
ただいま駅弁を楽しみながら移動中。
こちらは五目のわっぱ飯、相方は深川めし。

ごく普通程度に駅弁が好きで、
列車の旅のさいの楽しみのひとつにしているが、
食べながら、ふと、世界の駅弁事情をしりたくなった。
ネット検索していくつか読んでみても、
もちろん日本のようなお惣菜弁当の文化はない。

あれはポルトガルを旅したときのことだったっけ。
リスボンからオビドスへ列車で移動したときのコトを思い出した。
リスボンの駅の売店で、朝食がわりのサンドイッチを買いに行った友達2人は、
20分近くかかったのち、なんと手ぶらで
荷物番をしていた私のところに戻ってきた。
売店のアルバイトらしき女子店員が、てんで役立たずで、
拉致があかないというコトだった。

え~!そんな~!この日の朝、ホテルから食べずに出てきて
移動する列車の中で空腹なのは耐えられな~い!!
というコトで、友達と交代して今度は私が売店にいき、
3人分のパンを注文しようとしたところ、
若い女子店員はニヤニヤするだけで、こちらの注文にまったく動こうとしない。

やっぱり拉致があかないコトに業を煮やした私は、
下手な英語で、しまいには怒鳴りつけてオーダーを言ったところ、
そのとき、奥からベテランらしき女性が登場して
テキパキと捌いてくれ、なんとか発車に間に合ったのだった。

どこのどんな飲食店でも、お兄さんやおじさんたちが
テキパキと気持ちよく立ち働く姿と、何を食べても美味しかった
という印象があるポルトガル。

でも、このときばかりは、車内で食べたサンドイッチの味よりも、
この役立たずな若い女子店員(それが2人もいたんである)のことが
ポルトガルの列車旅の思い出になってしまった。
・・・ま、いいけどね。

こんなことを綴っていたら、列車はいつの間にかあの長いトンネルにいた。
さて、そろそろ越後湯沢駅である。
乗り換える準備に入る。

越後湯沢。棚田は田植えを終えたばかり。
今日は肌寒い雨。
by team-osubachi2 | 2012-05-25 12:44 | 旅をする | Comments(0)

シリアのマヘル

'04年の3月にちょこっとだけ中東をまわってきた。
ヨルダンからシリアに入ってレバノンに抜ける中東3カ国の旅だった。

シリアでのガイドはマヘルといった。
当時まだかろうじて30代だった私より、ひとつふたつ若い人だったと思うが、
見た目には「柔和なおじさん」のようだったマヘル。
少人数でも、ご年配の方々が多い一行の中で最年少だった私には
同年代の親しみからか、いろいろおしゃべりしてくれたガイドさんだった。

日本語をまだまだ習いはじめたばかりだったようだが、
「日本語(のガイド)が出来ると稼ぎがよくなるので頑張りたいです」
と言っていた。
シリアの地図を持っていっていたので、彼に差しあげた。
ダマスカスに到着したその日、ホテルまでの仕事を終えて
市内にある自宅へいったん帰宅する前に
「ありがとうございます」とふたたびお礼を言いにきた。

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ダマスカスの大きなバザール(市場)で自由行動をとったとき、
添乗員女子とマヘルと3人で、バザールの中にあるチャイハネでお茶をした。
「ここは私がおごりますから」といって、
ピスタチオのアイスクリームをゴチしてくれた。
広い店内には、甘いものがだ〜い好きなおじさんたちのグループや
家族連れでガヤガヤわいわい賑わう中、
ほぼ同年代の私たち3人は、いろいろなコトを話した。

マヘルには数年前に婚約者がいたそうだ。
でも、その婚約者は、旅から旅で家を留守にして
自分の側にいてくれないガイドという仕事に不安を抱いたことから
マヘルとの婚約を破談にしたのだそうだ。
以来、マヘルは独身のままだった。

シリアでのわずか数日の観光も終わり、
ダマスカス市内でバスを降りてもよかったのに、レバノン国境まで
私たち一行を(自費で)見送りに来てくれた優しいマヘル。
今度はきっといい女性に出会えるといいね!と思った。
ダマスカス市内で母親と暮らしていると言っていたけれど、
こんな酷い嵐が吹きすさぶ中で、いま、どうしているのだろうか・・・。

また、シリア沙漠の奥地にある世界遺産『パルミラ』を訪ねたとき、
遺跡の古い塔の上で、家族でピクニックに来ていた
若いシリアの女子と目が合ったとおもったら、突然
「シリアはどう?」と真顔で質問されたことがあった。
一瞬、どんな意味でそんな質問をしてきたのだろう?と思ったけれど、
シリアはすでにアメリカなどから激しく目の敵にされていた。
すぐに「いいよ!人も自然もすっごくいいところだよ!私は好き!」と答えたら、
その女子は急に表情が和らいで「ありがとう」と言った。
(そうだ、この子の母親がまた“おっかさん”ってカンジで
とってもいいお顔をしてたんだ〜♬)

そんなちいさな思い出が、中東の旅にはいくつもある。
どうか一日も早くこの嵐がおさまって、彼の地の人たちに、
本当の平和と穏やかな日々が訪れますように・・・。
そう祈らずにはいられない。
by team-osubachi2 | 2012-05-12 00:32 | 旅をする | Comments(4)

赤い実を食べた?

冬の京都を訪れるたびに、不思議に思うことがひとつ。

なんで京都の南天は、こんなにたわわに実るの・・・?

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関東じゃこんなに実ってない気がする。
寒くなって、実が赤く色付くころには、
肝心の実がなくなってしまっている枝もたくさんある。

土が違うからかな?
種類が違うんじゃないの?
そうかな?・・・そうかもなあ。

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赤い実がいっぱいあるね。小鳥は食べないのかな?
おいしくないんじゃない?

私が小鳥だったら食べたいなあ〜!
そんでもって、真っ赤っかな羽になるといいなあ〜。

赤い鳥、小鳥。なぜなぜ赤い、ってね。

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でも、おいしくなかったら、やっぱり食べない・・・か。
じゃ、湯どうふにしとこ。
by team-osubachi2 | 2012-02-23 10:37 | 旅をする | Comments(2)

はじめての京都体験は、ご多分に漏れず中学時代の修学旅行。
世の大人たちが言うように、あの年代では古都など鑑賞するどころではない。
“修学旅行” は大人になってからがいいんである。

ということで、先週末に旅した京都。
修学旅行らしくいくなら、まずはやっぱり清水寺から。

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ああ、この舞台・・・!
下りてからドーン!と太い柱組みを見あげると胸が躍る!
宮大工の技や意気にドキドキする。
(買い物でそんなスリルはもう味わいたくないけど・・・)

茶わん坂を下りようとして、相方が何かを見つけたらしく、
すぐ脇の土産もの屋さんに吸い込まれていった。
手裏剣を買うという。・・・ん、手裏剣ね、手裏剣。
男子はいくつになっても男子だなあ~。

じゃ、私は二年坂の茶わん屋さんで、
野点用のちいさなお抹茶茶碗をふたつ・・・。自分へのお土産は以上。

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今回の京都で、相方は何十年ぶりに銀閣寺を見たいと言っていた。
せっかく冬の京都だし、どうせなら「雪の銀閣寺」が見れるといいな~。

そんなことを思っていたら、ホントにそうなった。
こりゃ、お天道さまに感謝しないといけないね。

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実は旅の準備をしていて、ほんのいっとき
「着物で京都に行こうかな?」と思ったのだが、
移動の多さと手荷物の重さを考えてやめた。
やめて正解だった。

街中はよくても、雪の石段や雪解けで水溜まりのあるお寺の境内は
少し歩いただけで足元はえらい泥はねだらけになった。
履き慣れたブーツでちょうどよかった。

雪の東山方面をちょこちょこ楽しんだ翌日は、
金閣寺と龍安寺をまわった。

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うちの母親が、戦後修学旅行へ行ったさいには
例の放火事件で消失したあとだったそうだが、
後年、昭和の大修復のあとのキンキラ金閣寺を一緒に見た。

私はそのとき以来の金閣寺だが、相方にはまったくはじめてで
「宇宙船みたいだ!」と感激しながら言っていた。
・・・ん、宇宙船か。ナルホド。

しかし、これまで冬の京都もひと通り経験したつもりでいたけれど、
今回は本当に冷えがきつかった!!

歩けば平気だと思って油断していると、
たいそうな冷えが全身を襲ってくるんである。
ああ、歳だなあ〜。「時間と体力」を節約するために
タクシー利用もやむなしであった。

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日曜の晩、海からの風が流れ込むあたたかい横浜に帰ったら
『そうだ京都、行こう。』の宣伝で
枝垂れ桜が満開の龍安寺石庭が映っていた。
龍安寺は、枝垂れ桜もキレイだけれど、
境内の池のまわりをぐるりと囲むユキヤナギも本当に見事なところだ。
でも、その爛漫な春にはまだちょっと遠く、
凍りつく石庭を楽しんできた。

今回は寒さがきつかったけど、くっきりとした冬を味わえて、
いい修学旅行だった。
やっぱり京都は何度訪れてもいいところだ〜!!
by team-osubachi2 | 2012-02-22 18:48 | 旅をする | Comments(8)

ぎをん白梅

                           
かにかくに 祇園はこひし 寝るときも
枕の下を 水のながるる                   
     
                     吉井 勇

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京都の祇園界わいでも、この白川沿いを歩いた人なら
かならず見るであろう有名な歌碑が通りの中ほどにある。
料理旅館の白梅さんは、その歌碑よりもちょいと西がわの、
白川にかかった小橋をわたったところにある祇園のお宿だ。

2月17日のこの日、関西学院大学の見学を終えて、
相方と共に阪急電車で京都入りしたあと、
このお宿にいったん荷物を置いて、
“大人の修学旅行” よろしく清水寺あたりを散策し、
夕暮れどき、あらためて明かりの灯った白梅さんに入った。

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若いころからたびたび安い切符と体力を駆使して京都に通い、
ある時期からは、この白梅さんにも
何度となく泊めていただいているのだが、今回通されたお部屋は二階の
これも前から知っている部屋のハズ・・・なんだけども、
仲居さんに部屋の奥を案内されて、あれえ?と思った。
「奥に部屋?・・・ここ、お風呂とトイレ、ついてましたっけ?」

前回白梅さんを訪れたのは、'07年に亡くなられた
河合隼雄さんのお別れの会以来なので
数えてみればあれからもう4年以上たっていて、
きけばこの数年の間にまた改修して、今の部屋割りになったのだという。
仲居さんは、床暖房も入ったことを教えてくれた。
へえ〜!ほんわか温もる畳は初めての経験だ。

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外歩きですっかりこわばった顔とカラダをほぐそうと
夕ご飯の前にお風呂に入ることにした。
お部屋にもお風呂がついてはいるのだが、
すでにお湯の支度が整っている階下の広めのお風呂に入ろうと、
浴衣に着替えて階下へ下りると、女将の姿がお帳場の横に現れた。
思わず「朋ちゃ〜んっ!」と声をかけ、
久しぶりの再会をハグして喜びあった。

これもつくづく不思議なご縁なのだけれど、
白梅さんの女将は自分と同年の友だちで、
かれこれもう20数年来のつきあいになる。
初めて出会ったころ、私はまだペーペーのグラフィックデザイナーで、
かたや彼女も某航空会社に入社したて、
近く客室乗務員としてデビューすべく、日々特訓中の身だった。
(あのころはスッチーとも呼ばれた花形職でしたねえ〜)

そんな女将が10数年前、結婚・出産を期に
彼女の実家である白梅さんに戻り、若女将として働きだしてから
ときどき泊めてもらうようになったのだが、
初めてこの場所を訪れたときにはビックリしたものだった。
ひょえ〜!ここが実家あ〜?!

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生まれつき、華のある人である。
(私の写真ではぜんぜん伝えられないんだけど・・・)
国際線の客室乗務員として世界中を飛び回っていたころは
大輪のバラを背負って歩いているようなオーラがあった。
それが今は少し変化して、白梅のようにしっとりはんなり、
生まれも育ちも京のおなごはんである。

そのしっとりはんなりの女将と仲居さんのもてなしで、
お風呂あがりに美味しい京料理をいただいた。
美味しいお酒と、節分と立春、新しい年が盛り込まれた
目にも麗しいお料理の数々に
もうたちまちほわわ〜ん♬ といいキモチになってしまった。

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お料理の途中で、「ほんの気持ちばかりどすけど、お祝いに・・・」
といって、お赤飯が出てきた。

実は今回の京都訪問は、長いこと独り身だった私が
ようやく人生のパートナーを得て、その相方を朋ちゃんに紹介すべく、
入籍から2年たってようやっと実現した京都旅である。
私の阿呆なムスメ時代もよく知っている朋ちゃん。
また、私のそれまでの人生でいちばんきつかったあるときも、
側でささえてくれた朋ちゃんなのである。

ふと気がつけば、この日の床の間の飾り炭には
年も、私も、「新しい春」を迎えて紅白水引の結び切り・・・。
相方ともども女将の心入れに深く感謝した。

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新しい床暖房システムのおかげできつい底冷えもなんのその、
こころゆくまで美味しいものを味わい、ふにゃふにゃになったところで
奥のお部屋に敷いてもらった鴇色ちりめんに梅模様のお布団にもぐりこんだ。
そうして朝までぐっすりと眠り呆けて、
起きたらあたりは一面の雪だった・・・。
ああ〜、なんて素晴らしい冬の京都!!

雪見障子越しに、祇園白川の眺めを楽しみながら、
昔から白梅さんで働き続けている
大ベテランのおばちゃん・まぁまさんが焼いてくれる
だし巻き玉子をほおばった。う〜ん、極楽だあ〜♪
久しぶりに訪れて、顔なじみだったおばちゃんたちが
今も元気で働いているのも嬉しかったし、
朋ちゃんと出会うキッカケになった懐かしい方々の消息も聞けて、
ああ、よかったな〜と思った。

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祇園という花街にあって、料理旅館の女将などという仕事の大変さは
私のような素人には想像の外だけれど、
朋ちゃんの若かりし頃のことを思い出すと、家に戻るまでには
彼女なりに思うところもいろいろあったに違いない。
けれども、今現在の女将のもてなし方や、堂に入った挨拶の仕方や、
女主人として切り盛りしている様子をうかがっているうちに
「・・・ああ、お客さまなんだ」と思い至った。

朋ちゃんが女将の器を持って生まれたことは当然としても、
それを磨いてくださっているのは、やはりお客さま方なのだろう。
なにも良いお客さまばかりではない。
中には困ったちゃんなお客さまもいて、それがまた、
女将の器を磨くチカラになっているんだろうなあ〜と思った。

そして、彼女の口ぶりから察するに、
奮闘する彼女をそっと後ろ側で支えているのが、
ご主人と子供たちの存在なのだろうなあ〜、と
今ごろになってそんなコトも感じたりした。

古を今に活かしつつ、朋ちゃんのこれまでの経験や感性をフル回転させて、
お祖母さんや、大女将のお母さんの時代よりも
さらに快適に、日々進化し続けている白梅さん。
ここはいついかなるときも、のれんを一歩くぐった先には
心からのおもてなしという一輪の白梅の花が咲いているのである。

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さあ、私もまたがんばろう!
朋ちゃんに負けないように、小さくてもいいから、
いつかきっと、イラストレーターとしての「自分の花」を咲かせよう!
そしてまたコツコツとお小遣いを貯めて、京都へ遊びに行こう!


料理旅館 白梅
http://www.shiraume-kyoto.jp/
by team-osubachi2 | 2012-02-21 08:12 | 旅をする | Comments(10)

昨年、関西学院大学オープンキャンパスのメインビジュアルに
私のイラストを採用していただいた。
http://okakara.exblog.jp/15942108/

本当なら、下調べとして、先に取材見学をした後に
仕事に取りかかれたら最高なのだが、
イラスト仕事では現実的にそうはいかないコトの方が多い。
資料写真をもとに描きあげはしたが、描きながら学院の建物に
何か惹かれるものがあり、いつか見学してみたいな〜と思っていた。

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ご縁というのは面白いもので、その仕事をブログに掲載したころに
ブログを通して知ったKさんが関西学院大学とつながりがあるとわかり、
そこでひょいとしたキモチが起こって、
大学見学と京都へ遊びに行くことを一緒に考えるようになった。

その考えを実現させる段取りに入ったのは今年になってからだったが、
ただ単にぷら〜っと行って、自分が描いた風景全体を見れたらそれでいい、と
気楽に考えていたらば、思いがけないことで、
Kさんとそのご学友でいらっしゃる
関西学院大学の井上琢智学長の計らいにより
上ケ原キャンパスの建物見学をさせていただくことになった。
望外のことである。

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ということで、2月17日金曜日の午前中に
西宮市にある関西学院大学・上ヶ原キャンパスに到着し、
広報の I さんの案内で、構内の主だった建物を見学してまわった。

緑豊かな大学校である。
広々とした芝生の広場の真正面に
このキャンパスの顔である時計台が見えて、
とてもキモチのいい空間が広がっていた。
今は緑が少ない季節だけれど、初夏にはさぞかし
キモチのいい場所になるのだろうな〜と想像がつく。

無知な自分はそれまでまったく知らなかったが、
W・M・ヴォーリズという建築家による建物を主に見せていただいた。
ああ〜、古い建築はいいなあ〜と思う。
佇まいは美しく、学びの場にふさわしい落ち着いた空気が今も漂っている。
当時の先生や生徒らがどんな風にこの校舎を行き来していただろう?
・・・と、想像の余地がたくさんあって、
こういう古いどっしりとした建物を見るのが私は大好きだ。

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神学校から始まった学校であり、古い礼拝堂を見せていただいて
ああ、西洋の祈りの場というのは、
太陽の光をちゃ〜んと計算して作られているのだなあ〜、と感心した。
頭ではわかったつもりでいても、実際にその場に入ってみて感じる、
この体感がとても大切なのだ。
その体感が事前にあったなら、自分の描いた絵に
もっと自然な深みがあらわれてくれたかもしれないのになあ〜
などと、今ごろになって自分の絵の拙さを反省してみたりもする。

キャンパス内には新しい校舎もたくさんあるが、
いずれもヴォーリズの建築に倣って赤い屋根瓦で統一されている。
統一させるということ自体、なかなか大変なことだろうと思われるが
どうしてだか、人の手が入らない古い建物というのは、
あっという間に廃れて荒れてしまう。
古い建物を維持管理するというのは、もっともっと大変なことに違いない。

まあ、現役の学生さんらには、そんなコトは分からないだろうけれど、
(分からなくていいから、一所懸命に勉強してネ♬ )
大学校というのも、伝統と文化を守りながら経営するというのは
ご苦労が多いのだろうだなあ〜・・・と、
はじめてそんなことを思った。

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さて、ひと通り見学を終えて、お昼はどうしようか、ということになった。
キャンパス内にはキレイな同窓会館もあって
ホテルのレストランのような食事もいただけるそうだが、
私はやっぱり「学食食べた〜い♬」と、いうことで
学生食堂でお昼を食べることにした。
広報の I さんは、今は授業のない時期のことで
「メニューが乏しいと思いますが・・・」と言っておられたが
そんなことはちっとも構わない。
専門学校の出で、今はフリー稼業の身には
学食だの社食というのは、ちょいと憧れ(?)なんであ〜る。

麺類や丼ものの単品もあったけれど、
グラム売りのバイキングにしてみた。むふふ〜、楽し〜い!
お腹いっぱい食べて500円ちょっと。素晴らしい!
そうしてお腹を満たし、もう一度
芝生広場からの時計台の眺めを堪能してから、
かすかに風花が舞うキャンパスをあとにした。

今回、思いがけないことからこの見学が叶って、
関西学院大学のお仕事がいっそう思い出深いものになったなあ〜と感慨しきり。
このために、いろいろとお心遣いをいただいたKさんと
井上琢智学長に心から感謝いたします。
どうもありがとうございました!!
by team-osubachi2 | 2012-02-20 09:34 | 旅をする | Comments(8)

帰宅

ただいま~!と、先ほど帰宅。
重い荷物をうっちゃって、すぐにお風呂をセットして、
夕方錦市場で買って帰ったうるめいわしやら
粟麩やら出し巻きやらを、さっそく食卓に広げて、
ビールで軽く一杯。ぷはあ~~♬

楽しい旅もいいけれど、カラダは正直だなあ。
うちに帰り着いて、ホッとしてるのがわかる。
旅のしめくくりって、
やっぱり家に帰るってコトなんだなあ~と
帰宅するごとにそう思うのだった。
by team-osubachi2 | 2012-02-19 20:56 | 旅をする | Comments(4)

晴れた朝

ゆうべはほとんど寝落ち状態。
一夜あけて、ここは四条烏丸の角にあるビジネスホテル。
窓を開ければ、目の前はビルの外壁。
横をむけば、四条通りのアーケードの屋根。
お天気は?いまのところ晴天。
底冷えの京都は今朝の気温もマイナスだったようだ。

真冬の寒さで観光客が少ないとはいえ、
ひと月前に予約を入れても、
さすがに週末の日本旅館の部屋はすでに埋まっていたので、
この晩はビジネスホテルをとった。

落差が激しい・・・!!
が、そこがまた面白いんであ~る。
でも、ここはなんといっても地の利がいい。
場所優先である。

さて、昨日の優雅な朝食から一転して
今朝の無味乾燥なモーニングを食べたあとは、まず金閣寺へ行く予定。
昨日はあちらこちらで雪の金閣さんが話題だったが
朝日に照らされて輝く雪溶けの金閣さんもまたよろしからずや。
by team-osubachi2 | 2012-02-19 09:40 | 旅をする | Comments(2)

雪の朝

寒い京都。
一夜明けて、寝室の襖をあけると、
ごくごく小さな坪庭に雪。
二階の縁側のカーテンをあけると、祇園白川も一面の雪・・・。

やった!
狙ったワケではないけれど、
あるといいなあ~と思ったのは
この雪のふっくらと積もる京の街景色。

雪見障子越しに景色を愉しみながら
だし巻き玉子の朝ごはんをいただく。

さて、今日はまず銀閣寺へ行こう。
雪の銀閣へ。
by team-osubachi2 | 2012-02-18 07:27 | 旅をする | Comments(4)

ペトラのエルカズネ

先週末のイブの夜、テレビで
映画インディアナ・ジョーンズ・シリーズの第三弾を放送していた。
雑用を片付けながら、あるシーンの間だけテレビに見入った。
あ〜、ここここ!ここ行ったんだよなあ〜!

中東ヨルダンの沙漠の一角に、
古代ナバテア人が開いた都の跡であるというペトラ遺跡 (世界遺産) がある。
朝、巨大な岩盤を走る大きな裂け目をしばらく行くと、
険しく切り立ったその暗い裂け目の向こう側に、
突然明るくバラ色に輝く神殿が現れる・・・。
それが、このインディアナ・ジョーンズの映画にも登場した
神殿『エルカズネ』だった。

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今思い出しても、そのドラマティックな登場の仕方に鳥肌がたつ。
それくらい、ここは感動的な場所だ。

アルバムの日付を見ると2004年3月9日とある。
この時期、中東はいっとき穏やかな状態が続いていて
卒業旅行と思われる大学生なども観光地で見かけたりした。
けれども、これよりほんの数年で、
この時にまわったシリアやレバノンはまた渡航が難しくなってしまった。

でも、いつの日かまた、観光客らが安心して
旅行ができる時期がきっと来るだろう。
ときおりイスラム文化圏のニュースをチェックしながら、
そういう安定した時期が訪れるのを
祈りながら待つしかないなあ・・・と思うのである。
by team-osubachi2 | 2011-12-26 00:51 | 旅をする | Comments(4)