2017年 09月 08日 ( 1 )

菊の帯の思い出

むかしおふくろさまが誂えてくれた着物や帯の中に、お気に入りの八寸帯があった。
誂える・・・というとなにやら贅沢なことのようではある。
が、たとえそれがドのつくような田舎の端っこにあった
ちいさな漁村内の布団屋さん兼反物屋(呉服屋)さんでではあっても、
母自身、地場産業の大手サッシ工場で働いていた自分の稼ぎの中から「娘のため」と称して、
少しずつ好きな反物を選ぶのは購買欲を満たすに充分な悦びがあったものと推察するのであるが、
そんな買い物の中にひとつ、白地に桔梗に朱い菊花の模様の帯が私は大好きだった。

二十代のうちから劇場通いやお茶のお稽古などで散々に締めるうち、
ヤケもし、多少は手垢じみたりもし、すくい織りの柄の部分が縮んだり、
廉価な木綿着物の藍色が白地に移ったりもして、
クタクタになったところで洗って最後にハサミを入れ、お太鼓部分だけを残しておいた。

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思いついて、わずかに保存してある着物アルバムを開いてみれば・・・
あった、あった!ありました。この帯を締めてお茶のお稽古をしている姿の写真が。

姉弟子さんが撮ってくださったのに違いない。ただのお稽古日だったろうか。
地味な秋色小紋にこの菊の帯を締め、もとはおふくろさまのだったという
朱い絞りの帯揚げを合わせるのも大好きだった。

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あ、先生も一緒に撮っていらっしゃる。やあ〜、お懐かしい♪
このおばあちゃまは江戸千家の茶道の先生でありながら、実はアパートの大家さんでもあった。
社会人になりたての二十歳でこのアパートの住人となり、
以来十六年にわたって家族ぐるみで可愛がってくださったことも今は懐かしい思い出だ。

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いつもお稽古のときは着物でいらした。大島でも小紋でもアカ抜けた着こなしで
将来は先生みたいになりたいな〜なんてひそかに憧れてもいた。

先生の郷里は岩手だった。ご長命でいらしたけれど、
たしか震災が起きる少し前に亡くなられたのではなかったか。
大震災後の様子を見ることなく旅立ったのは幸いでした、と娘さんがお知らせくださった。

しかし、こう古いアルバムを辿りながら思ったのは、
以前のフィルム時代の方がどれだけ写真を大事にしていたかということだ。
撮るということも、焼いてプリントで残しておくということも・・・。
デジタル時代の写真は、技術こそはスゴイことになってはいるが、
ワンショット一枚きりを撮る緊張感や、上手く写せたときの悦びや
また失敗したときの挫折感などといった感覚は失われてしまっている。

写真はやっぱり若いうちに撮っておくべきだ。
そしてプリントで残しておくべきものだなあ〜と思った。

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和室に飾り棚を置いたおかげで、ようやくその残した帯のお太鼓部分を
壁かけとして活かせるようになった ♪

明日はもう重陽の節句とか(旧暦では今年は十月下旬)。
カレンダーの上でのことだけれど、ま、わざわざ菊花を買って来て何をするでもなし、
せめてこの帯切れを壁にかけて、ただ「節句の日なんだな〜」と想うための
目印みたいなものにしておくのである。

by team-osubachi2 | 2017-09-08 22:59 | 着物のこと | Comments(6)