2017年 02月 24日 ( 1 )

妄想・終の住処

もともと建具職人のムスメであるからして、
子どものころから大工さんだの左官さんだの電気屋(工事する方)さんだのといった
職人さんらを身近に見て育ったせいもあるのか、
人さまのお家の中を見るのが好きだった。
柱、廊下や階段の板、ドアや窓といったものから、アパートやマンションの間取りとかね。

数年前、スーパーからの帰り道、公園脇の斜面の道を歩きながらふと思いついたのだ。
「もしも自分で好きなように住まいを建てられるとしたら、どんな家にする?」

それから始まった私の『妄想・終の住処』である。

そうねえ〜、相方と二人、老後どんな家で住みたいかなあ〜?
まずは予算の制限をいっさいなしにする。無制限・・・なんてすばらしい響き?!
でも無制限ってどんな感覚?実感まったくないけど、いーのよ、だってコレ妄想だもん。
緑も多いそこそこ人里に場所を設定しよう。・・・あ、近くに商店街と駅も欲しいわね。
そして日当りの良いゆるい傾斜の土地に建てるとしよう。
やっぱり基本は日本建築よね。それも数奇屋造りの平屋よ〜、ひ、ら、や ♪


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玄関は京都の老舗旅館みたいにこじんまりしてる方がいいな。
あがって左手にのれんがかかってて、中へ入ると、まずはリビング。
そうねえ、床はフローリングと畳みの半々にしようかな。
テレビを見ながらごろ寝も出来るし(うちにはないけど)冬にはこたつも欲しいしね。
キッチンはまだまだ思案中。使い勝手や動線をよ〜く考えて設計しないとだわ。

あ、相方にはたいそうな量の書籍とビデオテープやCDやDVD、それからフィギュアがあるから
そうだなあ〜、半地下に建家と同じくらいの図書室があるといいわね。
う〜ん、そうすると鉄筋の基礎も必要かしら。そこはテキトーでいっか、もーそーだし。

北向きの私のアトリエの横は畳敷きの着物部屋ね。ちいさな洗面所と。
あ、お茶室も欲しいな。小間でいいから。
で三畳の控え室もくっつけて、襖を取り払えば客室にもなるようにして。
茶道の先生はご近所にいい方がいると想定して、
月に二度ほどうちの茶室をお稽古場にしていただこうかな〜♪
水屋が要るわね。洗面所の横をこれも三畳ほどの水屋にしちゃおっか。
茶庭もかねた坪庭にして、つくばいもあって、そうそう、にじり口も要るわね。

当然年寄り二人きりでは心もとないので、お手伝いさんに来てもらわなくちゃ。
くり返すけど、これは妄想だもの、お手伝いさんも人間である必要はないの。
市原悦子さん演じる家政婦タイプより、うちにはそうね、あ、猫村さんがいいなあ〜♡
でも猫村さんは人気者でお忙しいだろうから、
うちには「猫村さんの姪っ子」さんに来てもらいましょ。w
それと庭師兼運転手として、これもほしよりこさん描くところの
『BRUTUS』のアルバイト・犬井けん君の「おじさん犬(?)」にも来てもらおうかしらん。
二人(二匹)とももちろん住み込みで入っていただこう♪
敷地内にちいさな住まい小屋も建てて、専用の控え部屋も玄関の隣りに作るから。

箱ものがおおよそ妄想できたところで、中身も少しずつ充実させたい。
たとえば伝統工芸展や日本民藝館などですばらしい陶芸の大皿だとか、
乾漆の函や竹編みの籠だとか、現実には会場で見るだけだけど、
「今日はこれをいただくわ」と何様のようにして頭の中にお持ち帰りし、
終の住処の玄関に飾ったり、座敷の飾り棚に置いてみたりする。

名画だっていくらでも好きなのをチョイスしてリビングに飾れる。あまり大きくなければね。
まあ、場合によってはリビングを吹き抜けにして飾ってもいいわよね。
『妄想・終の住処』はそういう応用(?)も効くとこがいいの。

でも・・・おかしなことに「予算も規模も制限なし!」って割には
こじんまりとコンパクトな造りになってしまうし、
着物部屋だって箪笥は二竿しか登場せず、それ以上おべべを買おうとしないところが、
まあ、なんというか、貧乏性というか、身の丈を超えられないものが
しみ着いてしまってる感じがしないでもない。

でも、せっかくの妄想だもの、規模は大きくなくても凝ろうと思えばいくらでも凝れる。
建材ひとつとっても、天然木を活かしてみたり、家具から雑貨小物、庭木にいたるまで
それこそ予算無制限でいくらでも好きなものを選べるし、
飽きたらすぐに変えられるってところが便利だしね。


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・・・なんて、しばしそんな妄想遊びをして、そして丘の上の我が家に戻る。
実際の我が家は(相方の)たいそうな物であふれている。
でも、現実に戻ってもぜ〜んぜんガッカリしたりしない。
(ほんとかな?w)
むしろ現実は現実としてしっかり受けとめる。そして出来ることをちびちびとやる。
『赤毛のアン』シリーズ原作者のモンゴメリ女史も作品を通して示しているではないか。
想像の翼をのばすひとときが、現実に立ち向かわせてくれるのだ、と。
(そんなコト書いてあったか?)

まだ定まってないけど、台所で前掛けをした「妄想・猫村さんの姪っ子」お手伝いさんと
あーだこーだとお喋りしながら一緒にひな祭りの料理をこしらえる。
坪庭の向こうの茶室で、お茶の先生と生徒さんらとでひな祭りの茶会をする場面を思い描く。

「お客様は何人いらっしゃるの?みなさんお着物かしらね?」
「ねええ?どんなお召し物でしょうねえ〜、楽しみですねえ〜、奥サマ・・・♪」

飽きるまでとことんやっていい。それが私の『妄想・終の住処』。
スーパーからの帰り道、買い物袋を提げ、そんな妄想を愉しみながら
今日もはぁはぁと息をきらしながら丘をのぼって帰宅する。

by team-osubachi2 | 2017-02-24 16:43 | 日々いろいろ | Comments(3)