2016年 10月 15日 ( 1 )

はじめてこの方の作品を一度にたくさん拝見したのは、
すでに平成に入っていたけれど、まだ自分が若かりし頃だった。
たしか銀座の和光さんでだったかミキモトさんでだったかおぼつかないが、
銀座の街角にある会場内にあふれる美しい色の数々に圧倒された。

まれに呉服店などで一点か二点拝見することはあっても
初期の作品なども含めて拝見できる機会はあまりないので、
昨日は世田谷美術館で開催中の『母衣(ぼろ)への回帰 志村ふくみ』展を
とても楽しみにして友だちと観て来た。


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これは個人的な意見だけれども、私が着るもの(着物)として惹かれたものは
たいてい昭和30年代や40年代のころの初期のものに多く、
もう50年代あたりからのものは、そこに込められた強い精神性だとかエネルギーだとか、
そういう世界観の次元がまるで違うというか、時間も空間もはるか遠く越えて、
ただ眺めて愛でていたいと思うような美しい布たちだ。

・・・そうだ、思い出した。
銀座の街中で見たときも、展示されたものを拝見して
はるか遠くに輝く星を眺めるようなキモチになった。
絵羽に仮縫いされた着物という形でありながら、これらは着るものとしてよりも、
ある意味アート作品のようなものだから美術館で保管する方がいいのかも・・・と思ったのだった。
(もちろんそれにふさわしい器量を備えていて、
幸運にも着ることが出来る人も中にはいらっしゃるだろうが)


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二年前のお正月に見た番組『京の“いろ”ごよみー染織家・志村ふくみの日々ー』で、
あらためて自然からいただく色のことを考えさせられたけれども、
今回も「着たい」というキモチよりも、
紡がれた絹糸が織りなす布の発するいくつもの美しい色に
ただうっとりたゆたうように浸っていればいい・・・といったあんばいで観ていた。

そのうち、ふと、安土桃山時代の武家の女性たちに着せてみたい・・・という気が起きた。
垂髪、または下げ髪の女性たちの小袖や腰巻に
これら美しい色の織物を(たとえば大きく長刀袖に仕立てて)纏わせてみたい・・・。
戦国乱世とはいえ、あの時代に生きた高潔な武家の女性たちが
これらの綺麗な織物をなら、ああ、さぞ美しいだろう。

さらにまた私は妄想する。
もっともっと時間を遡って、古の奈良や飛鳥の時代、高貴な女性たちに
志村ふくみさんの織物を上着や裳裾の衣に仕立てて纏わせ、
はるか昔の飛鳥の野や葦の原に立たせたならどんなに美しいだろう。

自分の頭の中では、それらの女性たちが生きている世界へ
時空を超えて行きつ戻りつする美しさ。
それこそが布の母衣への回帰のように思われる。
・・・とまあ、そんなところが私の解釈なのかもしれない。心愉しい時間だった。


『母衣(ぼろ)への回帰 志村ふくみ』展/世田谷美術館にて11月6日(日)まで

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おまけ:ようやく袷シーズン到来♡
とはいえ、ざざんざ織は単衣仕立てで着る着物だけれどもネ。
羽織を羽織ってちょうどいい陽気だったし。

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だけど自分が美術館にいる間、着物を着ている人間は私一人だけだった。
ちょっぴりさみしい気がしないでもない・・・。


by team-osubachi2 | 2016-10-15 22:30 | 出かける・見る | Comments(10)