Rehabilitation-14『私と本心』

「うん。だいたい分かった。『じゃ、自分はどうなのよ?』ってことだよな」
今から十数年前、その人は私の個展を見にいらして、こう言いました。
私の顔に一瞬はてなマークが出たのを見て、その人はもう一度穏やかな口調で言いました。
「自分はどうなの?ってことなんだよ」

この時の個展では過去に旅した国々で出会ったり見かけたり人たちを描いて発表したのですが、
思いがけずその人はお祝いのワインを片手に一人でふらりとギャラリーに現れ、
ざっと作品を見てまわってからそう言葉を残して去ってゆかれました。
言われた言葉に戸惑いつつも、ひと言も言い返せないくらい何か核心を突かれた
・・・ということだけはハッキリとわかりました。

個展の二年ほど前だったでしょうか。
思いがけず広告業界の大御所コピーライターのその人からご指名いただき、
とても大きな仕事をさせていただいたのですが、
室内の雑貨小物や料理などを描いたシリーズ第一弾は好評だったのか
思いがけず第二弾も発生したまではよかったのですが、
今度はモノのほかに人物も描いてもらわないといけないが、岡田さんは人物が描けるの?と
間に入って仕事をすすめてくださったデザイナーさんを通して訊かれました。

ドキン!としました。当時の私は、人物は「形は描けるけど、どうも苦手」だということが
自分でもだんだんわかりはじめていたころでした。
私が描けるのはせいぜいお人形みたいな「形」だけ。
それならいくらでも描けるのに、どうして「人間」は描けないのだろう?
人物を描くことに腰が引けるほど、それはいつの間にか大きなコンプレックスになっていました。

けれどもこれは新聞広告の仕事でしたから、すでに締め切りは待ったナシ。
どうにかこうにか人物も描いて提出し、二度にわたる大仕事は無事に完了しました。
結局その大御所先生とは一度もお会いすることもなく終わったのですが、
のちに個展をひらくさい、ご案内だけでもと大御所先生にもDMをお送りしておいたのでした。
お忙しいだろうし、たぶんダメだろうと思っていたのに、案に相違してその人は来てくださいました。

「あの第二弾のときに、実は俺はデザイナーに“このコは人物描けないよ”って言ってたんだよ。
作品ファイルでも人物描いてあるの見た事ないしね。
で、来てみたんだけど、うん、今日見て、だいたいわかった。
やっぱり『自分はどうなの?』って事なんだよな」とお話してくれました。

よくわからないけど、なんだか禅問答みたいだなあ・・・と思ったその言葉は、
ずっとずっと私の心の中にピンで留めたメモのように貼り付いていたのですが、
数年後、とある失恋をキッカケにはじまった“自分と向き合う日々”の中で、
ある日アパートの台所に立って夕飯の支度をしている最中に
突然言われた言葉の意味が分かったのでした。

「自分を見失っているような者に、人間など描けるのか?」

瞬間、顔から火が吹き出たかと思うくらい真っ赤になったのがわかりました。
自分の裏側を完全に見透かされてしまったことの恥ずかしさ!
“穴があったら入りたい”とはこういうことを言うのでしょうか?!
一人きりの台所で、恥ずかしさのあまりしゃがみ込んでしまったほどでした。

いつからそんなことになっていたのでしょう?
気がつかないままのコンプレックス、上昇志向や見栄、または背伸びというものでしょうか。
私は、私という人間の本心をどこか遠くにすっ飛ばして、
何年も自分の中を空っぽにして、頭だけ小賢しく働かせてきたようなのでした。

いったい私の本心とはどういうものなのでしょう?どこにいっちゃったのでしょう?
考えてもさっぱりわかりませんでしたが、ありがたいことに「本心の私」は
はるか遠い空中に追いやられていても、細い細い糸の先に必死につかまって、
ちゃんと私に繋がっていてくれたようでした。

顔から火が出る思いをしてひと月ほどたったある朝、
これも突然、本心の私がシュッと私の中に戻って、あ!ひとつになった!と思った瞬間がありました。
ああ〜、自分が自分に戻ってきてくれた!ありがとう!本当にありがとう!
不思議なことに、歓喜と熱い感動が私の中で起こりました。
そして、もう自分から目をそらすのはやめよう。どんなに気に入らないところがあっても、
自分だけは自分の味方になってあげよう!と、そのとき心に決めました。
すでに不惑の四十代に突入して数年がすぎていました。

たぶんもう覚えていらっしゃらないだろうなあ〜と思いつつも、
個展のときにいただいた言葉と、その後ようやく言われたことの意味を悟ることが出来た
感謝の気持ちをしたため、お礼のはがきをのちにその人へお送りしました。

ーーー『じゃ、自分はどうなのよ?』ってことだよなーーー

そう言ってくださったのはコピーライターの仲畑貴志さんです。
あのとき仲畑さんからからいただいた言葉は、私の宝もののひとつとなっています。


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『私と本心』© tomoko okada

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by team-osubachi2 | 2017-05-21 20:27 | らくがき帖