年の瀬の寛ぎの茶会へ

先週末の日曜は前の日に続いてこれもおだやかに晴れた一日だった。
私の今年のイベントの最後を飾ったのは「S先生のお茶会」であった。

「着物はどれをを着ようかしら〜?」・・・などと言えるほどの選択肢はない。
がしかし、いま時分ならクリスマスめいた気分があってもいいかな?と
箪笥から出したのは友だちのご親戚からいただいた昭和のモダンな付下げ。

半世紀以上たった今でもつややかで手触りがよくて、
個性的だけれど「ヨダカの星」と名付けて着る大好きな一枚である。
(私の箪笥の中身は少ないけれど、でもどれも大好きなものばかりなんだ〜♪)

f0229926_14172582.jpg

古手の、でも、これもどこかモダンな焼箔の袋帯をあわせてみた。

・・・うん、はじめてあわせてみたけど、悪くもないかな。

f0229926_14174647.jpg

集まった皆さんとのランチタイムが済むまでは、
こんなのぶら下げておいてもいいわよネ?w

f0229926_14180362.jpg

毎回心を尽くして釜をかけてくださるS先生の寛ぎの茶会。
ほんのこの数年のことだけれど、年に一度うかがうようになり、今年も楽しみにしていた。

今回は港の見える丘公園内にある大佛次郎記念館でひらかれたので
以前からのお仲間の方々と四人集い、和やかなお席で一服をいただいた。

f0229926_14183276.jpg

今回も頭の中にどんな茶室にどんなお道具やお菓子であったかは
頭の中で映像を再生するかのように思い出せるのだけれど、
先生がそれぞれご説明してくださった単語の数々はとんと頭に残っておらず、
ただ美味しかった、ただ楽しかった・・・と、
年々「むかし茶道を習っていました」などとは到底言えないような
お粗末な有り様になってきたのが情けない。

f0229926_14184871.jpg

床のお軸には、どなたの手によるものかお名前を忘れてしまったが
「山窓無月一燈明」・・・とあった。

ーーー山窓月無く一燈明かなりーーー
月もない山の家に窓あり、ひとつ灯が明るい、という意味らしい。
傍らの砧を模した花器に活けられた花は、
赤い侘助と、それへふんわりと積もる雪のような綿花だった。

床を拝見するうちになぜか一幅の画を見ているような気持ちになった。
その画は・・・どうも自分の心の中のある情景と重なって見える。

どういう情景かというと、一昨年の夏大きく体調を崩し、
両手両足が不自由になって思うように動けなかったとき、
いつのまにか私は心の中でひとつの景色を描いていたのだけれど、
それは自分ひとり山深いところにある小屋にこもって越冬しているというものだった。

たまに天気が良いと、遠く見はるかす人里は春や夏をむかえて人々が明るく活発に動いているのに
自分だけはいまだ冬の山小屋に押込められているのはなんとしたことだろうか。
私もはやく人里へゆきたい、ゆかねばならぬ!と小屋を出ようとすると、
とたんに嵐や吹雪に見舞われて、またすぐに小屋へ引き返さなくてはならず、
嗚呼とため息をつきたくなるような日々。

そんな毎日をくり返すうちに、ようやく自分にとって必要なことは「休む」ことだと悟り、
春がくるのを待って山を下り、ふたたび人里で活動を再開し今に至る・・・。
そういう心の中の情景がこの日のお茶席の床を見て蘇ってきた。

面白いのは、たとえ自分にはつらい山籠もりの間であっても
その山小屋の囲炉裏端の灯が窓からもれて、
同じように暗闇の山中で迷う人にとってはそれが明るく見え、
かすかな道しるべのようになる事もあるかもしれない
・・・というところまで思えたことだ。

人生にはこういう経験も不可欠で、つらい時期に得たものが
だんだんとても意味深いものになってきているように感じる。

f0229926_14190589.jpg

・・・なんて、ね。

慌ただしい年の瀬におとずれた和やかなひととき。
自分と対話するヒントをいただけたお茶会だった。

ご一緒したみなさま、S先生と社中のみなさま、どうもありがとうございました♡

Commented by ベル at 2016-12-20 10:25 x
静かに心に染みるような文章を拝読しながら、ここ数日の我が身を振り返っていました。
昨年夏に長患いの母を看取り、その母を一緒に介護した父が、12月5日に突然、逝きました。遺影は米寿のお祝いの席での黄色ずくし、孫の結婚式で乾杯の音頭を元気にとったわずか三日後のことでした。行年89、人が羨むような往生でした。
Commented by team-osubachi2 at 2016-12-20 21:31
ベルさん
コメントありがとうございました。
四十九日まではあれこれと落ち着かないことも多いことでしょうが、お父さまはすべてなしたい事をなされたのでしょうね。このたびは本当にご愁傷さまでした。よそながらご両親さまのご冥福をお祈りいたします。
ちょうど私の両親を見送ったのと似たようなタイミングだなあと思いました。うちは一昨々年の12月の前半におやじさまが先に身罷り、半年ほどして七月におふくろさまが身罷りました。二人とも大病持ちでしたから、多少覚悟はしていたつもりでしたが、突然現われた両手足の病の劇症には本当にビックリ仰天し、心と身体のバランスをとるのに苦労いたしました。
ベルさんは体調はいかがですか?どうぞ今度はご自分のことをうんとうんと労ってあげてくださいませ。
Commented by fuko346 at 2016-12-21 11:48
今回もとても素敵なお茶会でした。
お付き合いありがとうございました。
私も 茶室のお軸に 「はっ」とすることがときたまあります。そのときのこころに反応するのでしょうね。

お召しもの とってもきれいでした。
誰にでも似合う、というわけではないものを さらっと着こなしておいで、拝見するのもうれしく。
ほんとのお気入りを数少なく持つのは理想ではありますまいか。(反省を込めて 笑)
コートもこちらで拝見するよりも 実物がずんと素敵でした♪
後からじと~っとみていたりして。
Commented by team-osubachi2 at 2016-12-21 17:55
fukoさん
S先生のお茶会はほんとにゆったりと寛げるお茶会ですね。なんでかなあ〜?っていつも思います。
でもって、お点前の間と喫するひとときゆったり過ごせるおかげでしょうか、毎回何かしら自分の中に対話が生まれます。
はたしてそれがご亭主の心づくしを汲み取っているかどうかはわかりませんけども・・・?笑

ウール道中着もヨダカの星も着たところを見ていただけてよかったです。次はいつ着られるかなあ?
私はfukoさんの大小霰を見ながら、手持ちの絽の白生地に深い濃緑色で大小霰を染めにだせたらなあ〜・・・、
いやいや、着ないでしょ、盛夏に絽小紋・・・と
一人心の中でブツブツつぶやいていました。笑
Commented at 2016-12-21 21:27
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by team-osubachi2 at 2016-12-22 09:11
鍵コメントさん
コメントをありがとうございました。
波ってありますねえ、昨日まで元気いっぱいだったハズだのに今日はちょっとしたことでどかーんと凹んでしまったり。波には抗わず、身を任せるしかないときってありますですね。

この夏も病がちょっとぶりかえして広がってきたときに、ああ、いつまでこんなのが続くのかとお風呂上がりに手当てしながらひいひいぼやいてみたりしましたが、そういえば、時代小説を読みまくっていた影響でしょうか、20代のころから「人生は重き荷を負いて遠き道をゆくが如し(徳川家康)」だの「憂きことのなおこの上に積もれかし限りある身の力試さむ(熊沢蕃山)」だのの言葉を思い浮かべては自分を鼓舞してたのですけど、いま振り返ってみると、若い時期ってまさにおぼこですねえ。
個人的なことですけど、二十代は不況の中会社勤めをやめて一人立ちしたり、三十代は恋人と死別したり親の看病をしたり、四十代はあたらしい人生を選択し両親を見送ったり身体壊してみたり・・・と、むしろいまこそ若いころに覚えたこれらの言葉の意味がわかるんじゃん?!味わえるじゃん?!な〜んてことに気がつきました。笑。

お着物、好きと言っていただけて嬉しいです。限られたスペースしかないので、中身は少数精鋭(高い安いではなく、大好きという意味で/笑)を目指したいデス ♪
by team-osubachi2 | 2016-12-19 23:22 | 着物のこと | Comments(6)