志村ふくみさんの美し色

11年前の3月に、中国の西域タクラマカン砂漠をぐるりと半周するように
シルクロードをまわったことがあった。
春先特有の気候変化で砂嵐が吹き荒れて一週間ほどたった空は
どことなく白剥げたような薄い青で、雪をいだいた天山山脈の稜線以外、
地上は薄い砂色や灰色や黄土色の景色が延々と続いていた。

遺跡を見てまわった。
かつて栄えていたという街も建物も
ここにいたであろう人々の営みの記憶も、変な話、幽霊ですらも
ぜんぶ風化してしまっている景色だなあ〜と思った。
厳しいし、虚しい眺めかもしれないけれど、自然のあるがままな姿として
いっそさっぱりとして、これはこれでいいものだなあと思ったのを覚えている。

いくつか資料館や博物館にも寄った。
真の風化の洗礼を受けた木乃伊のかたわらに、
いくばくかの絹の端切れがならべてあった。
この一帯が「絹の道」であったころの風景はいったいどんな景色だったのだろう?
染められた絹はもちろんみんな草木染めの色でしかないけれど、
長い年月を経たのちの色はどれもほんのりとしていて、
まわりの景色と同様に、これも風化した自然な色なのだなあと思った。

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©NHK-BS Premium

この正月元日にBSプレミアムで放送された
『京の“いろ”ごよみー染織家・志村ふくみの日々ー』というのを
録画しておいて、後日何度となくくり返して見ているうちに
志村ふくみさんがお話されていた言葉がふと心に留まった。

ーーー色は“定着するものだ、剥げないものだ”という風に思う方ならば
それはもう化学染料でカッチリやれば安心ですわね。
で、これは(ひと束の糸を持ちながら)あぶないといえばあぶないです、
はかないといえばはかないです。
消える、退色するかもしれない、どうなるか分からないような
「不安」を持った色ではあるわけ。
だけど、その「不安」を持ったってところに、何か、
ひとつの「美」がたゆたってるんですねーーー

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この言葉を聞いて、ひとつ気がついた。
私は・・・草木染めが退色するのは頭の中では無理からぬ事と理解しつつも、
(透明水彩もまた退色しやすい絵の具でもあるから)
退色は「悪いこと」と決めつけていたな・・・と思った。

もちろん、たとえば、おろしたての草木染めの着物を着て
半日お日さまの下を出歩いただけで陽にヤケて色が褪めてしまおうものなら
売り物買い物としてはそれは非情にマズい事には違いなくて、
着手はどんなにか失望するし、悔しい思いもするだろう。

そうはいっても、私はまだそんな思いをしたことがない。
私自身、草木の色の剥げてゆく様を経験していないのに
この決めつけ方は何だろう?
自然であるがまま・・・というのは、
単純に「良い」と「悪い」に決められるものではないのである。
私は他者からの情報だけで、草木染めの退色は
「悪いこと」の方へ振り分けていたなと思うのだった。

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番組の中で志村さんはかの有名な「国宝綴織當麻曼荼羅」を見に行かれていた。
蓮の糸で織られたという古いその織物を私はまだ直には見たことがない。
優れた織り手によるその織物は、痛みも激しいし退色もしているけれど、
なぜかこれを見た人に何かを強く訴えるのだろうと想像する。

つまり、たとえ糸が痛もうが、色が褪めようが
時空を越えて残った優れ物には、
自然のあるがままにまかせて多少は衰えようとも、
それを生み出した人のたましいというのか
パワーはちゃんとそこに宿っているのだろうと思う。
物の「生命力」とはそういうことを言うのかもしれない。

砂漠に住まう女性たちの色鮮やかなスカーフは
見事なまでにみな化繊の廉価な輸入品ばかりだった。
あの過酷な環境の中で、木綿や絹のスカーフは高価ですぐに傷み色褪せてしまう。
だから、普段からお洒落したいと思う女性たちの気持ちに叶いもし
実用的でもあるものは化繊の色鮮やかなスカーフなのだなあと
旅をしたときに知った。

私はそのときも「化繊は駄目」だと
烙印を押している自分に気づかされたのだが、
人間の目に映る風化や退色は、物そのものにとっては
どうでもいいことなのだなと思う。
砂漠の旅からまた何年もたって、またひとつ得た気づきだった。

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砂漠地帯とはまるで違う湿潤な気候風土の中で生まれる
志村ふくみさんの美し色の輝かしさは言葉に例えようもなくて、
ただうっとりと眺めるばかりだ。

生まれた布は、長いながい時間の中でたとえ色褪せてゆこうとも、
きっと志村ふくみさんの心(たましいの力・・・とでもいうのか)
を含んだまま生きてゆくことだろう。
そして紫式部や本阿弥光悦といった人物たちの生み出した作品と同じように
何百年と経たのちでも、それを見た後世の人たちの心に
何かを訴え続けていくのだろう。

昨日は所用で半日出かけていたが、
志村さんの文庫本『私の小裂たち』をバッグにしのばせておいて、
出先でちょこちょことあった待ち時間に
数々の端切れの写真を眺めつつ、
色というものから派生したあれやこれやを考えながら過ごした。
Commented by 朋百香 at 2014-01-10 09:49 x
tomokoさま
分かるな〜、ふくみさんのお言葉。
私も絵を描くので色は退色するのが、当たり前と
思ってました。化学染料の変わらない色の方が
不気味ですよね。
長い年月で移ろう色が、風情があって素敵だと思い
ます。確かに不安定ではありますが、その方が生きてる
って感じがしますよね。例えば、人間も輝く青春時代
から、枯れた老年期へと変わるように・・・。
ふふ、私もそろそろ・・・味のあるいい色になりたいな。
Commented by ハル at 2014-01-10 13:16 x
変わってゆくこと、移ろうことを、なにかいけないこと、ダメなことだと若い頃は思っていました。
20年前に植物で染めたからむしの布を久方ぶりに出してみたら、当時の鮮やかさが抜けてやわらかく静かな表情に変わっていました。今はそれを見て、なにかいとおしいような気持になれます。
当地で編まれている草や蔓の籠も、編むひとの手が老いと共にゆるくなって、盛んだった頃の「きっちり」感がなくなっていくんですね。
売り物としては、以前を知っている人からは「ダメになった」と思われるかもしれませんが、そのひとの辿ってきた時間を思うと、今、目の前にある姿がなんとも味わい深く、よいものに感じます。

砂漠での気づき、なるほど、と思いました。居場所を移して初めて見えるものってありますね。
Commented by team-osubachi2 at 2014-01-11 09:45
朋百香さん
不安やあやうさ・・・この言葉を聞いて、ああ、この方がよくおっしゃる「生命が宿ってる」ってそういうことなのかもなあ〜って感じました。
私勝手な解釈ですが、生きるって、力強さとか揺るぎないものがありつつも、不安や怖れも常に並行してありますもんねえ。
草木染めには草木染めの良さと困った点があって、化学染料には化学染料の困った点があって。。。ものごとはすべてこれ長短、陰陽かもです。
絵の具もねえ、毎度筆洗の汚れた水を流すたびに、これって猛毒なんだよなあ〜って思っちゃいますもん(苦笑)。
自分の人生の中で、自分はいったい何色か・・・
私も見つめてみようかな〜♬
Commented by team-osubachi2 at 2014-01-11 09:58
ハルさん
からむしの布・・・もう20年たちますか・・・?!いやあ、年月とはよくいいますが、年月ですねえ〜!
手仕事も年月とともに変化してゆくというのも、自然な流れとして、そのあるがままを受け容れられるようになると、不思議といとおしみが感じられるようになるのはなんででしょ?
以前とは異なる仕事の出来ぶりに駄目な面もあるかもしれませんが、そのおかげでといいますか、つまり次世代へと自然に流れが変わってゆくようなしくみになってるんだなあ、と思うのであります。
アジア圏の砂漠やら沙漠な土地をいくつか旅してみて、あらためて日本のて仕事、工芸の技術の高さや素晴らしさを誇らしく思いましたけども、現地の手仕事もそれはそれで捨て難い魅力があるなあ〜、と。でもそれらの中も時代遅れな産物のように扱われているものはどんどん廃れていってるのでした。う〜ん、手工芸品と工業製品の関係を見ても、ものごとには一長一短ありますですね。
Commented by 神奈川絵美 at 2014-01-11 22:40 x
こんにちは。考えさせられますね。
現代社会に生きているワタシたちは、何でも「長持ちする=イイコト」という価値観が植えつけられてしまっているのかも。不変を美とするか、移ろうことを美とするか。後者の方が変化に富んだ人生を楽しめるかもと、最近思うようになってきました。

シルクロードの旅…で思い出したのですが、昨日か今日か、観光客も多いチベットの古都が火事でほぼ丸焼けになってしまったそうです。ドイツのニュースサイトで知りましたが日本でも報道されているのかな。原因不明だそうですが・・・歴史が失われてしまうようで、悲しいです。
Commented by team-osubachi2 at 2014-01-12 00:43
絵美さん
はい、なんていうのか「これはこうです、こっちです」と答えにくい事柄だなあ〜と思いました。
でももちろん、どんなに素晴らしい草木染めでも新品で退色したんじゃあ商品としては駄目なのはわかりますし、化学染料にも化学染料なりの良さも利点もありますしねえ。
どの角度から見て、そして自分にとってどうであるか、てことしか判断の仕様がないことのように思えてきました。
不変の美は・・・たぶん目に見えないものや形のないものに宿っている気がします。形あるもの(物質)には必ず無常がついてまわるものですよね。だって夜空に輝くあの星々ですら永久不滅のものなんてないんですもん。・・・って風呂敷広げすぎちゃった(笑)。
あ、雲南省のシャングリラの方面の大火災ですね。BBCも一報は早かったかもですが日本でもすでに報道あったみたいです。
それにしても、ああ〜、シャングリラ地方、いつか行ってみたかったんですよ〜!・・・再建はムツカシイかもですねえ。泣
Commented by 香子 at 2014-01-12 01:12 x
飛天を見にサントリー美術館に行ってきたのですが
重文の方ですが「当麻曼荼羅」ありました。
ホントに退色が激しく、薄くしかわかりませんでしたが
ほぅ〜っと拝見してきました。
いつまでも色が変わらないっていうのは、時間の経過が分からず
ありがたみが無いですよね (^-^;;
Commented by セージグリーン at 2014-01-12 13:47 x
褪色しやすい、しにくい色はあるようですが、天然染料はうつろひ、滅ぶ運命にあるからこそ、美しいのでしょうね。堅牢なる化学染料も用途によっては重宝ですが、感情移入しにくいように思えてきます。
文化財が色鮮やかに修復されたのに出会うと、何となく違和感を感じたりして、、、褪めた色もまたよろし、です。

Commented by team-osubachi2 at 2014-01-12 21:42
香子さん
あ、もうおしまいですかね、飛天。
ちょうどJR東海の「うましうるわし奈良」で當麻寺のコマーシャルもありましたし、たいそう混雑していませんでしたか?
私はこの曼荼羅のことを知ったのは、なんと松山バレエ団のバレエでなのでした。「新当麻曼荼羅」の初演・・・って、今思うと、あれをバレエにするとは、たいそうなチャレンジだったな〜って。それだけ清水哲太郎さんにもすごいインパクトがあったんだと思います。
歴史あるものの物や画の修復のときにも経年の表し方ってムツカシイ点ですよね〜。
Commented by team-osubachi2 at 2014-01-12 21:49
セージグリーンさん
>うつろひ、滅ぶ運命にあるからこそ、美しいのでしょうね。
つまりは・・・そういうところが「生命」ということなのかもしれないですねえ。
褪めた色もいいものだと思いつつも、そういう自分はあちこち色の褪めた着物や帯、着ますか?って言われたら答えは間違いなくノーです。しょせん私の言い分は、私個人のわがままさを含んだ意見にすぎないのでして・・・。やっぱり答はひとつ方向ではうまくいかないですね。
by team-osubachi2 | 2014-01-10 12:21 | 着物のこと | Comments(10)