礼装着物の虫干し

今日はすこぶるいいお天気だ。
何が良いって、湿度が低いうえに心地いい風が吹いていることだ。
こういう日は、普段着ない着物を虫干しするのにお誂え向きの陽気である。

部屋の南北の窓を全開にして風を入れておいてから
いそいそと箪笥の一番上に入っている礼装着物を
三枚引っ張り出して、着物ハンガーにかけて鴨居などに吊るしておいた。

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まずは鳥の子色の色留袖。
四季の花を和綴じの本に描いて、まわりには秋草を配してある。
地色は好きだが、選んだのは私ではない。

まだ母親が現役で働いていたころ、ある年のお正月に帰省したある日、
近所の反物屋のおばちゃんところからの電話で呼び出されて行ってみたらば
おふくろさんがこの着物を前に「これ、どうやろか?」と訊いてきた。
「あ〜、いいんじゃない?」「これ、あんたによ」
「ええ〜?色留じゃん、これぇ。着るかなあ〜?アタシ・・・」

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ヨメに行く気配がまったくなかった頃で、
自分には振袖、黒留袖は無縁のものと割り切っていたものの、
まあ、色留なら訪問着みたいにしてお茶会などで着るつもりで
家紋はひとつだけにしてもらい、その後お初釜や従兄弟の結婚式に袖を通したっけ。
かれこれもう7〜8年以上も袖を通していない・・・。

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これは明るいブルーグレイとラズベリーグレイに染め分けた地に
椿と橘の模様を裾から背中を通って、ぐるりと肩までめぐらせてある訪問着。

これも私が20代なりたてで(まだ着物に目覚める前)夏休みに帰省したある日、
背戸(お隣)の家から呉服屋に嫁いだというネエさんが
数枚訪問着ばかり大風呂敷に包んでうちにやってきた。
ときどき車に反物を積んできては、ご実家の座敷で
近所のおばちゃんたちを招いては着物や帯を商っていたネエさん。
いまもそういうお商売って出来ているだろうか・・・。

当時はまだ着物というものがさっぱりわからなかったので
云われるままにとっかえひっかえ袖を通して、
私の顔映りから母親とネエさんとが選んだ一枚の訪問着だ。
友だちの結婚式に一度着たきりで袖を通さないままはや十数年が過ぎてしまった。

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見ているぶんには綺麗な色だし、この着物自体は嫌いではないが、
今の自分だったら選ばないだろうなあ・・・と思いつつ、
こう眺めていると、ひと昔前まで片田舎に荷を担いできてのんびりと商いをし、
またときおりそんな風にして葛籠や大風呂敷から現れる反物が
次から次へとひろげられるのを
近所のおばちゃんたちは嬉しげに見ていたっけ・・・と
その場にちょっとばかり顔を出したときに見た昭和の風景を懐かしく思い出す。

あ、この訪問着、袖丈がちょっとばかり長いんだった!
・・・でも袖丈をつめたところで、果たして着る機会はあるだろうか?
う〜ん、たぶんこのまま寝かせておいて、
遠からず姪っ子のもとへまたお嫁に出すかもしれないなあ〜。

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すみれの花びらにも似た紫色の無地に
裾だけごく淡い黄色の暈かし、その“あわい”に
流水と飛び交うちいさな蝶をすべて刺繍で配してある着物は
京縫で知られる長艸刺繍の訪問着。
これは30歳になる記念にと自ら清水の舞台から飛び降りた私の一張羅。

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この着物の好きなところは、裾以外に模様がなく上半身は無地であること。
若い人には少し大人しいかもということで、
長艸さんと相談して可愛らしい刺繍の洒落紋をみっつ入れていただいた。
でも、いざ広げて見ると、この洒落紋もちょっと若くなってきた気がする・・・。
(って、京阪神ではこれくらいはまだ大人しい方かな?)
これも今の自分だったら間違いなく違う選択をするところだけれど、
まあ、今となってはこれはこれでいくよりほかない。

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これを求めたときは、たしか長艸の敏明おとうさんが
まだパリのエルメス本店のディスプレイを手がける少し前だったように思うが、
あの当時は上京されるたびに展示会に呼んでくださって可愛がっていただき、
純恵さんには「たとえ自分には縁がのうても
一流のものを見ておいた方がええのよ」と教えていただいたり、
S社の編集者さんたちを紹介してくださったり
のちに我が仲人にもなった浅草の友だちY子姐も紹介していただいたりと
思えばけっこうお世話になったものだった。

あれからずいぶんとご活躍されて今では有名にもなられ、
逆にこちらはもうすっかりご無沙汰してしまっているけれど、
当時まだ小学生だった長男君が大きく成長して
立派な跡取りになって雑誌やテレビに登場したのにビックリしたり、
ああ、月日の流れはなんて早いんだろう!・・・と驚いてばかりいる。

それにしても、ひと通り袖を通した礼装の着物は
着る機会もないせいか、見ていてもそうワクワクすることはなく、
あくまで必要な場で礼を尽くせればそれでいいか・・・と、
自分に似合うのかどうかもよくわからないまま
これからも持ち続けていくのだろうという気がする。

さて、こんな記事をつれづれ綴っている間に
寝太郎着物にもほどよく風が通ったようだ。
そろそろ畳んで、また丁寧に仕舞っておくとしようか。
Commented by sogno at 2013-10-12 20:20 x
良い話を聞かせていただきました。いくら聞いても
飽きない、というか、仕事の疲れも吹き飛ぶ感じです。
着物に歴史あり、ですね。私的にはそれぞれの着姿を
拝見したい気がします。とくにイチバン下のお着物とか・・・
私の場合は母が作ってくれた椿の付下げとあと一枚頂き物があるのみです。私は見ているだけでも幸せな気分に
浸れるタイプ。着物のチカラにずいぶん助けられていますよ。
Commented by 香子 at 2013-10-12 20:45 x
Tomokoさん、ステキ×2♪
いいなあ、こういうはんなりな訪問着。憧れですよ。
(特に長艸さんのすみれ色の…よだれが出ちゃう)
お下がりや教材で訳ありを仕立てたのしか持ってないので
羨ましいです〜 (^¬^)ヂュル♪
Commented by team-osubachi2 at 2013-10-13 00:15
sognoさん
もしかしたら去年は虫干ししないまま仕舞いっぱなしだった着物たちです。ひさしく忘れていたエピソードなども、こう広げていると思い出すものですねえ〜。
映画「流れる」でも、デコちゃんと田中絹代さんが虫干ししているシーンがありますけど、女中役の田中絹代さんがホレボレしながらお話しているシーンなんかを見ると、昔っから女性たちにとって、商いにやってくる商人が広げる反物と、虫干しして眺める着物や帯って、ホントsognoさんがおっしゃる通り、なにやらワクワクしてそれでおしゃべりの花も咲いて慰められていたんだな〜って思いますよね。
今年はまたお天気のいい日においおい虫干しやらなくちゃです。
Commented by team-osubachi2 at 2013-10-13 00:27
香子さん
香子さんの、たしかミズヒキの訪問着も
とても×2ステキではありませんか〜♬
私なんて髪が結えませんから、到底はんなりとはいきませんしねえ、
これらが自分らしいのかどうか、さっぱりわからずにいます。
ただ、礼装に錦の帯を締めたときって、思わずポンッ!!と
お腹をひとつ叩いて、よし!行くぞ!みたいな気合いが入ります(笑)。
長艸着物は、これもいつ以来着てないのやら・・・。
新歌舞伎座のこけら落としはこれでもいいかなって思ってました。
播磨屋贔屓としてはにちなみものってコトで(笑)。
でもたまたまお借りした帯が勝ってしまって。
しかしいつ着るデスかあ.礼装着物。もったいない肥やしであります。
Commented by セージグリーン at 2013-10-13 10:48 x
うーん、着物が単なる着物ではない、着物語りなる所以ですね。
私も母譲りの色留袖を、一つ紋の訪問着仕立てに直しましたが、まだ袖を通していません。虫干ししなくては、、、。
長艸さんのお着物、色といい意匠といい、ため息が出ます。控え目ながらしっかり着物を知り尽くした美意識が生きていて、、、裾模様と洒落紋なんて、ステキな趣向で、憧れちゃいます。
Commented by team-osubachi2 at 2013-10-13 21:59
セージグリーンさん
着物って不思議ですね。着物好きの人みなさんそれぞれに
いくつものエピソードをお持ちですよね。
いつかセージグリーンさんのエピソードもお聞きしてみたいです。
長艸さんのお着物、見ているとうっとりするような色合いです。帯をシックにすればまだしばらくは着られるかなあ〜と思うんですが、いかんせん、この数年着る機会がまったくなくて。もういい加減発酵しすぎてるかもです(笑)。

Commented by sakurako_h at 2013-10-13 23:18
ウチにも呉服屋さんが風呂敷包みを背負っていらしてましたよー
母の着物のたとう紙はその呉服屋さんの名入りで、
それを見ると一気に実家の座敷にタイプスリップします。

30歳になる記念の訪問着ですって!
色柄が控えめで派手じゃなく地味じゃなく、
いくつになってもその歳に添いそうなお着物ですね。
20代最後にこんな賢いお買い物ができるなんてサスガ!!
私が居酒屋に注ぎ込んでいた頃ですわ(笑)
Commented by team-osubachi2 at 2013-10-14 00:32
sakurakoさん
ね〜、なんか思い出すとあの座敷でのシーンって、郷愁なんてものをことさら意識してないつもりの自分でも、なんかこう、懐かしみに満ちたものを感じてしまいますですよ〜。

>30代最後にこんな賢いお買い物ができるなんてサスガ!!
いや〜、ここでは詳しく書けませんが、なにせまだブレイクなさる寸前でしたし刺繍の量も控えめでじかにゲットさせてもらいましたから・・・。それに当時は6畳一間の木造アパートにいて家賃が安かったからなんとかなったのでした。思えば、そんな暮らしで芝居見物(言うまでもなく天井桟敷ですが)とお着物に入れあげてたんですから、そのちぐはぐさを感じることもなく突っ走ってて、ああ〜若かったんだなあ〜って思います。今はこのお着物の100分の1の買い物でも、財布がキュ〜キュ〜鳴きまする〜(笑)
Commented by 朋百香 at 2013-10-14 17:28 x
tomokoさま
良い目の保養をさせて頂きました。
紫に流水に蝶・・・もう芸術品ですね。
本当に見ているだけで幸せな気分になれる、
きものの不思議な魔法です。
私にもどうにも手放せない桜のきものがあります。
もう絶対に着られないのに・・・
でもこういうきもの達は、簞笥の肥やしではなく、
宝物を大事にしまっている気分です。
Commented by team-osubachi2 at 2013-10-14 22:32
朋百香さん
こと、五里霧中を綱渡りするように生きていた独身時代はこれらの着物にもどれだけ慰めてもらったことでしょうか。
長艸さんところのお着物はホントに綺麗ですよねえ〜。って他人事みたいに云いますが、今回ひさしぶりにひろげてみて、以前と同じようにはときめいていない自分を感じます。
なんか礼装に関しては喉元すぎちゃったんでしょうか?(紬や織りのものはまだまだ煩悩だらけですが/笑)これらの着物にはもはや執着していなくて、手に入れたときの感激や着たときの嬉しさなど、これらの着物のおかげで「経験したコト」の方が自分の中で発酵して豊かな心地にしてくれている感じがします。
>簞笥の肥やしではなく、宝物を大事にしまっている気分
ナルホド!つまりはそういうコトなんですね、きっと私も。
・・・かな?(笑)
by team-osubachi2 | 2013-10-12 16:30 | 着物のこと | Comments(10)