武原はんさんのつま先

先週末のこと、師匠である灘本唯人先生のちょっとしたお手伝いで
何年かぶりで六本木に出向いた。
たまたまのことながら、向かったビルの道をはさんですぐ向かい側に
7〜8階建てのとあるビルが今もあるのを見て、
懐かしく思い出したことがある。

このビルは、かつて“生きた博多人形”とも例えられた
上方舞の武原はんさんがお住まいになっていた場所である。
その武原はんさんが六本木のこのご自宅で亡くなられてから
もう十数年がたつ。
無機質な外観からは想像もつかないが、このビルの上階には
小体ながらも本格的な能舞台が設えられていて、
当時他所でうかがったところによると、この密やかな美しい舞台で
晩年の武原はんさんや、薫陶を受けた藤村志保さんらが
舞を披露なさっていたそうだ。

ある年のこと、京都の知人に「ええ勉強になると思うし」といって
祇園の某有名呉服店の東京での展示会に呼んでいただいたことがあった。
「会場、武原はんさんのお宅の上にあんにゃて。そらもうスゴイとこらしいで」
とは聞かされていたものの、思いもしない立派な能舞台が、
六本木のド真ん中の何でもないビル中にあるのを呆然と眺めて、
世の中にこんな世界があるものなのか・・・と、
まだいろんなコトに無知蒙昧だった20代の私には、
その美しい空間はもう完全なカルチャーショックだった。

しかし今から思えば、その20代で古典芸能にふれたおかげで、
明治大正昭和を生きてきた珠玉のような人たちの舞台を
かろうじて間に合って拝見できたように思うが、
中でも記憶の宝物のように思える舞台のひとつが、
92年にNHKの古典芸能鑑賞会で観た『松 竹 梅』という舞踊だ。
それは、武原はんさんの「松」、藤間藤子さんの「竹」、
吾妻徳穂さん(故中村富十郎丈のお母さん)の「梅」という
まるで芸風の異なるお三方による初共演という最初で最後の舞台だった。
(ちなみにこのお三方はみな実にご長命でいらした)

観たのはNHKホールというおよそ風情のない場所ではあったけれど、
にもかかわらず芸というものを何もわからなかったこのコムスメにすら
なにかとてつもなく崇高で美しいものを見た・・・という感動があった。
20年近くたった今でもまぶたに鮮明に浮かぶ舞台のひとつである。

f0229926_15502513.jpg

そうしてその翌年だったろうか、『東をどり』の切符をいただき
新橋演舞場へ出かけたときのこと。
幕間に化粧室へいこうとしたロビーで、
ふと視線が吸い寄せられていく気がして、ついとその先を見ると、
お供の方に付き添われて武原はんさんが化粧室にいらしたのだった。
綺麗に結われた銀色のお髪に、銀鼠色のあれは江戸小紋だったのだろうか、
品のよい着物をゆったりとお召しで、
その匂いたつような麗しい「何か」に痺れてしまい、
人気のないのをさいわいに、場所もわきまえず
私は思わずその場でポ〜ッと見とれてしまった。

ロビーにもどると、同行していた日本画を描く知人が
「いますごい素敵なお婆さんを見たのよ〜!
ひさし髪で着物の着こなし方もまるで違うし、すごい綺麗なの〜」
「あ〜それ、武原はんさんだよ」と教えると
「え〜?!あの人がそうなの!どうりで〜!オーラがすごかったもの」
と興奮気味に言っていたのを思い出す。

武原はんさんのオーラからは、なんとも良い香りが漂ってきそうで、
それはたぶんどんなにお歳を召されても
決して枯れることのない香気というのか、
おなごはんの色香のようなものではなかったかと今でも思う。

一昨年亡くなられた稲越功一氏の撮った写真の中に、
最晩年の武原はんさんが、六本木にあるあのご自宅で
お気に入りのイスに腰掛けて写っておられる一枚がある。
そのつま先は一代の舞踊家らしく
本当に真っ白で、キッチリとシワひとつない美しいつま先だった。
うろ覚えで定かではないけれど、最期のときは、
たしかそのお気に入りのイスで静かに息を引き取られたと聞いたように思う。
きっとその最期のときも、つま先は白く美しかったに違いない。
満95歳を迎えられたその翌日のことだったという。
Commented by りら at 2011-11-14 04:25 x
素敵なお話を、ありがとうございました。
「松竹梅」すごいものを見てらっしゃるのですねぇ!
書かれた文章の中から、武原はんがすっくと立ち上がるような気がしました。

足袋のつま先・・・・長唄の師匠や母からよく言われて気をつけるようになっています。
いつかは誂てみたいと思うのですが、果たせるかどうか~?
Commented by すいれん at 2011-11-14 10:45 x
tomokoさま
まさに、日本女性の鏡ですね~。 80過ぎても、美しくきもの着れるかしら・・? 今日は暑いから、今日は移動が多いから、と口実をみつけては、洋服にしてしまう軟弱な精神の私には、とても足元にも及ばぬ「武原はん」さん、その立ち姿は永遠の憧れです。
Commented by 神奈川絵美 at 2011-11-14 22:07 x
こんにちは。良いお話ですね。「骨の髄まで・・・」という言葉がありますが、まさに武井さんは骨の髄まで、つま先まで舞踏家であり、女性だったのですね。
ジェンダーに無頓着で、女らしくあることにさほど強い執着のない私ですが、「オーラを出せる人」には憧れます。憧れ続けたら、少しは近づけるかなー。
ところで、足袋とともに写っているのは足袋ケース?優しいお柄ですね。
Commented by team-osubachi2 at 2011-11-14 22:45
りらさん
さすが!りらさん、よくおわかりですね。荻江節の「松竹梅」でした。端正でなんとも優美な松、すっきりと伸びた江戸前の竹、情熱的な香りを放つ紅梅・・・と、古典芸能を知らなかったコムスメが初めて「結構」とはどんなものかを見た舞台だったように思います。
このあとこのコムスメは、背伸びして銀座のくのやさんで足袋を誂えました。1ダース履きつぶしたところで、もういっか〜、ともう少し市販の履きやすい足袋にレベルダウン。誂えの足袋を履くには、心意気も気合いも要りますねえ〜。いい勉強になりました。
Commented by team-osubachi2 at 2011-11-14 22:56
すいれんさん
ほんとですね、武原はんさんはまさにザ・ジャパン・ビューティーだったのだろうな〜と思います。
>口実をみつけては、洋服にしてしまう軟弱な精神の私には・・・
いえいえ、すいれんさんはすいれんさんのペースでいくのがよろしいのです。はんさんみたいな方は、着物はもう皮膚の一部なんですね、きっと。
Commented by team-osubachi2 at 2011-11-14 23:09
絵美さん
ないものねだりでしょうかね、若いころそ〜ゆ〜オーラにいっとき憧れました。でも現実はやっぱりこんな自分ですから、ある時期をさかいにこの現実を受け入れることにしました(笑)。もうね、はんさんみたいな方はステージがまるで違うんだろうな〜って思います。
足袋を包んでいるのは私の一張羅です。長艸さんところの訪問着です。30歳記念に清水の舞台から飛び降りまして(笑)。こんな贅沢、もう二度と出来ません。
Commented by すいれん at 2011-11-15 21:50 x
tomokoさま
きゃ~、私も気になってた! 長艸さんの訪問着なのぉ、これ。
見た~い! と、すみません。興奮のあまり 取り乱しました。
いつか機会があったら、ぜひ 見せてくださいませ。
Commented by team-osubachi2 at 2011-11-16 01:43
すいれんさん
あの当時、長艸さんところとよく交流させていただいておりました。東京へよく行商に来ておられて、たまたま遊びにいったときにこれに出会ってしまいまして・・・(苦笑)。
紫の地に、裾だけ斜め下がりに淡黄色に暈かしてあり(単純なようでいて非常に見事な補色の暈かしです)、その境目のあたりにだけ、霞と蝶々が繍いで入っているごくごくシンプルな訪問着です。暈かしと刺繍のある裾から上はすべて紫の無地なので、裾模様と連動させた洒落紋を三つ入れてもらいました。あっさりとしていますが、おさえた華を感じさせる着物ではないかと思います。
そうですね、いつか見ていただく機会がありますように〜♪(笑)
by team-osubachi2 | 2011-11-13 22:42 | 着物のこと | Comments(8)