自分と向きあうということ

私が自分と向きあうということをはじめたのは・・・、
というより、イヤでも自分と向きあわざるを得なくなったのは、
40才をひとつふたつ越してからだ。
それまでの私は、自分のことが誰よりも大好きだと思っていたのに、
自分の中に発見したものは、自己否定や強烈なコンプレックスを抱き
過去に受けた傷を抱いたまま、長い間私に置いてけぼりにされた私自身だった。
思いもしないことだった。

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いつごろからだったろうか、結婚をはさんで人生が大きく転換してのち
絵を描く自分の中に、ある怖れ・・・というのか、
何かを「怖がっている自分」というものを感じるようになっていた。
まるで迷路にはまり込んだような感じもしていた。
一所懸命に前へ進もうと思うのに、
どうして私はこんなにも腰がひけているのだろう?

そう自問自答をくり返すうちに、つい先日のこと
自分の絵について、人と話していて急に「ハッ!」となった。
そうか、そうだったのか・・・!と
自分がいったい何を怖がっているのかをはじめて悟ったのだった。

頭ではとっくに理解していたハズのこと(その怖れの元)を
私自身、どうも心ではずっと受け入れられずに拒み続けていたようなのだ。
私は、拒否し続けている私自身にまったく気がつかなかったんである。

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誰しも心の奥にある「開かずの間」を開けるのは怖いものだ。
けれども、ほんのちょっぴり勇気を持って、真正面から扉を開け、
不安や怖れの元であるその正体をしっかりと見て
(実はそれが自分にとって一番ムズカシイことだったりするけれど)
あるがままの自分を受け容れてみると、案外気持ちはスッキリとして、
不思議なことに心がだんだん落ち着いてくるんである。

長い間、自分の中に放ったらかしにしてきた自分自身の心の訴えを
ひとつ現れてはひとつ聞いてあげ、
またひとつ浮かびあがってはひとつすくい上げる・・・
といったような作業をこの数年続けている。

そうしてあらたに知った絵を描く自分のこと。
ここいらでまた一から出直す覚悟で、トコトコ前へと歩いていってみようか。
まだちょっとばかりへっぴり腰みたいだけど、
今度はちゃ〜んと私が私をしっかりとサポートする気持ちで・・・。


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Commented by 神奈川絵美 at 2011-11-05 23:50 x
こんにちは! うーん、私にもそういう「はっ」とする瞬間が訪れるといいのですが・・・。
上手くいえないのですが、「守り」に入っている自分を感じることはあります。
フリーって、がつんと言ってくれる人も少ないし、自分で自分を叱咤激励したり、ときには甘えさせたりしないと、ですよね。そういう意味では、人とお話している中で良い気づきがあり、ラッキーでしたね。
Commented by team-osubachi2 at 2011-11-06 19:26
絵美さん
私も最初のうちはさっぱり自分の何をどう向きあう、見つめるのかさっぱりわかりませんでしたが、頭ではいくら考えてもまったくわかりませんで、結局、自分がいま、何を、どう「感じる」のか、心静かにそこにずっとフォーカスし続けていると、あるときハッ!と何かが「わかる」瞬間が来るんですよねえ。

>「守り」に入っている自分を感じることはあります
それは絵美さんにとって心地よくない状態ですか?どう心地よくないですか?もうなさっているかもですが「そう感じている自分」を内観なさってみましたか?絵美さんの心の奥で、絵美さんが絵美さん自身に訴えていること、聞いて欲しいことが何かあるのではないでしょうか?

自分という人間を知るというのがこんなにムズカシイものだとはこの数年ではじめて知りました。その内容はたいがい怖れだったり不安だったり恥じ入るような材料ばかりなんですが、でも、自分を知るってとっても素晴らしい!とも思います。
いつかそんな瞬間が絵美さんにも訪れますように〜♪
Commented by ひろまき at 2011-11-07 11:58 x
tomokoさま
私は四十をいくつか過ぎましたがいまだに自分を深く知ることから逃げております。ただ、5歳になったムスメっこの中に、「自分」が色濃く在るのをつくづくと感じ取りますと、否が応でも向き合わざるを得なくなります。 
Commented by team-osubachi2 at 2011-11-07 13:51
ひろまきさん
私の母は70代半ばですが、いまだに自分を知ろうとは夢にも思わないようです。私はしっかり者の母親には頭があがらないムスメでした。そんな母の教えはとても身にもなりましたが、同時に大きな間違いも強烈に刷り込まれてしまっていました。でも、そんな親の呪縛から私自身を解放することが出来たとき、ようやく一人の人間として、母親を愛情を持って見つめることが出来るようになりました。
きっと誰にも自分を見る、知るなんて、まずもってイヤなことです。だって見たくもない内容ばっかりなんですもん(笑)。でも、うちの母親を見ていると、先へ持ち越すほどに心の柔軟さを失い、自分で自分をがんじがらめにしてしまっているように感じるのはなんでだろうと思います。
by team-osubachi2 | 2011-11-04 00:25 | 人を描く | Comments(4)